「色」について考える#001。

 アートやデザインの仕事に「色」の要素はとても深い関係がある。認定資格試験などでカラーコーディネイター的な資格や認定の広告を読んだりするとそのことを強く意識する。「ああ、この認定試験に合格してカラーコーディネイトの資格を取得するとどういう仕事があるのだろう?」とか、「この勉強をすることで自分自身の仕事にいろいろなメリットがあるかもしれないから、一度、問題集だけを取り寄せてみようかな?」とか考える時がある。書店でも「配色事典」や「カラーコーディネイトになるために~」みたいな書籍があれば立ち読みしてどんなことが書いてあるのか非常に興味が湧きしばらく読んでいる。しかし、結果、手元にそれらの本があるかというとそうではない。立ち読みしても、広告を見ても試験問題を取り寄せるまでには至らない。

 「色」についてどこかで真剣に学んだということとなれば、たぶん、大阪芸大と東京時代のイラストレーションの専門学校の期間だけ。その期間に「自分は色のセンスを存分に生かして仕事のポテンシャルにしてやろう!」とモチベーションを上げて「色」について研究をしたかと言えば、そうでもない。つまり、結構自分自身、アートやデザインにここまで関わっていながら、「色」については結構緩いことにあらためて気がつく。この場合の「緩い」という度合いについては緩いなりにいろいろなこだわりがあるので、また、このブログで書きます。

 で、「スギノさんはアートやデザインの仕事をしておられるから色についはかなり精通して豊富な知識をお持ちでしょうから・・・」と言われたことがあるが、その時のリアクションは「・・・」が多い。「はい、色についてはやはりプロのデザイナーとしてこだわりがあり、基本的にはこれとこれとこれと・・・」みたいなセオリーが次から次へと出てくるというわけではないからである。色について固定観念や先入観を持ち過ぎることを自分自身の中でどこか抑制している部分もあるからである。ただ、このニュアンスが非常にファジーなので、それを上記の質問に的確に頭の中の経験値や知識をチョイスすることができない、が、正しい。それは何故かだろうか。つまり、「色」についてはそれでいいと思っているからである。「色」について理論や必然が先行するとまずバランスが整わない。それは、あらゆるケースで言える。ある条件でひとつの色を決定しなければいけないという状況の場合、その色は頭の中のパレットの中を選択肢にして今与えられているテーマが完成されてそのツールが世の中に出る時、それを客観的に自分が見ているテイで、一番心地いいと想像できる色を決めている。そこに必ず絶対と相対があるから、ここの匙加減が一番難しいのですが、それでも、決断する時は頭の中のパレットに出ている色以外をチョイスすることはない。

 では、「頭の中のパレット」とは?これについてはまたいつか。