「レッドシューズ」という核融合。

 それを創った人を見ればその意味が分かる。それを育ててきた人を見ればその熱量が分かる。しかし、その意味がとても真髄だったり、その熱量があまりにも巨大である場合、確実に心が魂が持っていかれる。持っていかれて人ははたと考える。何故なのだろう?設立から運営の過程において何がそこで起こったのだろうか?その地で何と何が繋がりこうなったのか?そして、それは今からどこにいこうとしているのか?すべてが自分自身の「分かる」の許容範囲を大幅に上回っていた時、これまでの方法論がまったく通用しそうにないとき、何をすればいいのか?たぶん、それを創った人の心の動き、行動の指針は常に同じだろう。たぶん、その人はぶっちゃけるとこう言うだろう。「僕は何もしていません。ただ、楽しいことをやりたかったんです。」と。それが万象に向けて何かを駆け巡らせるために一番必要なエネルギーの核の部分なのかもしれない。それは、自分自身の中でそういう場所に奉られた。「出会いたい。」といくら思考錯誤しても出会えないことが多い。「出会いたいモード」の時は味噌もクソも引き寄せてしまいそのほとんどがクソだということにあとから気がつくことが多いのに対して、魂をフラットにしていると、何故かそんな出会いがやってくる。もう、そうなった場合、必然か偶然かなどどうでもよくなる。ただ、余韻が心に残りそれが核となり小さな核融合が起こる。その場に何を投げればいいのか?考えても答はでないばかりか、例えひねり出したとしてもそれは緩い答。時にそんな場合、もう答は出ていることが多い。とは言え、開き直りで問題は正確には解決しない。だから、奉ったその場所へ何かを持っていく場合、同軸でシンクロしなければいけない。さて、その場合、自分は今どれぐらいのプロトニウムの含有量があるのか在庫を確認しなければいけないのです。

 「レッドシューズ」という核融合は毎晩、その場所で起こっている。発電されるエネルギーが暗い日本を照らしている。う~ん、こんなクリーンなエネルギー、こんな巨大なエネルギー、何かが変わる時、多分、こういう場所からその変化の兆候が現れるのでしょうね。

詳しくはこちらをご覧ください。http://www.redshoes.jp/