「考えない練習」か・・・。

 小池龍之介さんという著者の「考えない練習」という書籍がとても気になっています。広告面には「「イライラ」「不安」は練習でなくせます。見る、話す、聞く、触る・・・身体で感じる「五感」を活かすトレーニングで、脳に優しい生き方が身につく!」らしい。この種の書籍が売れているということは確実にイライラしたり不安な人が世の中多いということ。

 まず、「イライラ」についてですが、練習してなくせますと書かれているが、「イライラ」をなくすと人間はどうなるのだろう?「イライラ」にもいろいろなサイズがあり、いろいろなTPOがあるはず。どんな練習をするのかについてこの書籍を買ってみなければ分かりませんが、仮に練習の成果が上がり「イライラ」しなくなった=「イライラ」できなくなったら・・・?それはいったいどういう人間性になるのか?自分のこととして想像してみるが、全く想像できない。感情があり、五感から何かしらの情報を得てさらにそこから新しい感情が生まれてる。それを繰り返している以上、「イライラ」がなくなると、それははたして精神的に0な状態では?極論かもしれませんが、0の状態が果たして心に身体にいい状態なのか?適度な「イライラ」は日常生活に必要なのではないだろうか。まぁ、この著者が僧侶さんだからリアリティーがあり書籍が売れるという構図は否めませんが・・・。

 で、「不安」がなくせるともあるのですが、これまた自分に置きかえると全く想像ができません。「不安」がなくなると自分自身はどうなるのだろうか?これも宗教の概念の中のお話を世間一般の日常生活に置きかえるという作業が必要になり、煩悩=不安の源みたいな、七つの大罪と功罪みたいな、バックグラウンドがあるとして、「不安を予期する能力」「不安に対処する能力」「不安をモチベーションに変換する能力」らがあるから人生は楽しいと考えてしまうのは、俗っぽい考えなのか・・・。そして、不安と五感の相関関係についても感情を区分けすることはできないわけで、どんな練習をすれば、「なくせる。」と言い切れるのだろうか?信じないものは救われない的なまゆつばだとは考えたくないが、私的には適度な「イライラ」と「不安」は必要だと思います。
 
 だから、このテイで言うならば逆にそれらを「考える練習」でいいのでは?でも、このタイトルでは本な売れないのでしょうね・・・。