自分の目線。

 「人間の目線から事態の全貌を捉え、その進行方向を見定めよう。そして、将来に対応できるビジョンを持とう。」と書籍「2030年メディアのかたち」の著者は締めくくっている。書籍を読み終えしばらくこの言葉を自分のモノにするために日々の思考の中で少しずつ断片的に思い返してこの言葉を反芻していた。あながちここ最近思うことと近いニュアンスを感じて、感じたからこそそれを確認するために買った書籍だけに、その直感がドンピシャだったこと以上に収穫があり、反芻も純化作業もとても心地よかった。この心地良さが何かモノゴトを考察する際に妙に馴染ませることなく、少しずつ自分なりのフィルターを介して綴られた言葉のひとつひとつを心の引き出しに整理しています。さすが、その初期からインターネットに携わり多くの識者達とコミュニケーションを繰り返し、その上で、著者の言葉で綴られている書籍だけに言葉が重かった。つまり、言葉がCPUのなすがままにスクロールさせているだけではなく、どこか一部分に光らせたり(FLASHやJAVA.S.は使わず・・・)、言葉を立体的(3Dテクを使わず・・・)に見せるためには絶対条件として純化された言葉を綴りなさいとこの著者から投げかけられている感覚。言葉は誰でも学習すれば知識として貯めることは可能だけれど、それをアウトプットする時に同じ質量ではPCにやらせていることと同じ。人がアウトプットするには何かを込めましょうというニュアンス。吸血鬼を撃ち殺すためには銀の弾丸を込めなさいということ。さすがに吸血鬼をこの時代に限定するは難しいが、ターゲットが見えているなら、それ相当の弾丸が必要だということでしょう。う~ん、なかなか、ドンピシャな書籍でした。満足満足。適度な消化を待とうと思っています。しかし、これは書籍ならではの満足感のリアリティー。このテイをWEBで表現できれば凄いだろうなぁ・・・。

 自分の目線、自分の目線・・・である。