1億人の発信者たち。

 誰もが発信ツールを得て、デジタルの海に向かって、書き込む、つぶやく、叫ぶ時代。ある識者が言っています。「今言葉を発している人には受け手が見えていない。日本語は子どもでも使えるという誤解があると。」この場合、子どもという例えが何を指しているのかは置いておいて、受け手を無視した言葉が実は情報の実体で、主体も客体もなく、ただ、二酸化炭素のように言葉がサーバにた蓄積されていく。そんな無駄な情報の地層の上に、はたしてどんな文化や歴史が構築されるのだろう。時代の流れと共に圧力で石になりそれを道具にまたマンモスを追いかけるのか?

 つまり、バランスが必要だということだろうし、下手な鉄砲を打ち過ぎてもう弾丸がなくなっているのが普通なのに、この時代はピストルも弾丸も仮想だからなくならない。その煙が雲になりクラウドって話。世の中はその煙でもうもう。風が吹けば普通は視界が澄むはずが、あまりにも煙の密度が高く次から次へと大砲を打つものだから、風が逆に煙を運ぶ構図。これでは、目標を見失うだろう・・・みたいな。

 で、「伝えよう」「伝えたい」という言葉だけが循環する場所まで行けばたぶんこの煙は回避できるはず。そこは、海底なのか高い山の頂きなのか?平野部からそこに行くにはやはり時間とギアと手法がいるということだろう。1億人の声や言葉が一端化石になるまで、蓄積したらそれを掘り起こして博物館に並べるというビジネスも出てくるだろう、いずれ・・・。