2010年04月 アーカイブ

誰かこのコ(チュッパ・チャック君)を知りませんか?

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 すでに4月から解禁のチュッパ・チャップスのCMで登場しているキャラクター。発祥地はヨーロッパですでにヨーロッパではブレイク済み。満を持してもいませんが、日本で解禁後のリアクションはさてどんなものか。ということで、こちらのチュッパ・チャック君のキャラクターグッズを探しています。たぶん、まだ、日本国内では・・・でしょうから、海外に在住の皆様、誰かこのコを知っておられたら、何でもいいので情報をお願いします。もし、海外のショップにチュッパ・チャック君のグッズがあれば、ぜひ、教えてくださいませ。よろしくお願いいたします。なんとかなんとか手元に入手したいと考えておりまする。

華名のプロフェッショナルレスリング 「カナプロ」2010.04.29

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 マルチな活躍をされている女子プロレスラー華名さん。その華名さんが主催させれた「華名のプロフェッショナルレスリング「カナプロ」」が痺れるぐらいに盛り上がりました!という連絡と共に送っていただいた会場の華名さんの当日のショット。なんと逞しい表情。多くのファンの方達がしばし時を忘れリングに釘づけだったことだろう。カッコイイ~!!!

ファイティングエイドVol.01 2010.05.08 新宿FACE予告。

 来る2010.05.08新宿FACEにて「FIGHTING AID(ファイティングエイド) 1」が開催されます。そのメインコンセプトは主催者である甲斐拓也さんが軸となり、「みんなで拓く100万人の未来」となっている。当日来場者だけに配布されるパンフレットには甲斐さんのこんなメッセージが書かれている。「ご来場いただきましたことによって、多くの子供たちが救われます。本日は、ありがとうございました。千葉県野田市で歯科医院を開業しております甲斐拓也と申します。ソフトバンクホークスの和田投手が登板ごとに慈善団体(JCV)を通じワクチンを寄付していることに感銘を受け、インプラント治療を1本おこなうごとにポリオワクチンを100本寄付するというルールを決め、寄付活動を継続しておりますが「より多くの子供たちを救いたい!」という思いが強くなり、この非営利チャリティ興行を企画するに至りました。そして、多くの方のお力添えを頂戴し、前進させ、カタチにし、ついに、本日2010年5月8日、ここ新宿FACEにて、収益の全額をポリオワクチンの購入目的の寄付にあてる興行「FIGHTING AID」の開催を実現することができました。 何かと悲観的、下向きになりがちな世相の折、一途で、がむしゃらで、ひたすら熱い男たちの、その勇姿を見て、何かを感じとっていただきたいのです。人間の尊さ、感動、夢、そして元気!を皆様と共に分かち合えることができれば嬉しくおもいます。FIGHTING AID 主催者:甲斐拓也」とある。その空間をその場所で体験できる限られた人達。一体感とは陳腐な表現ですが、それは、その空間を共有した人だけに意味・意義のある言葉になることだろう。5月8日からそれが全国に伝染し、それが伝説になるならば、この1日はその伝説の貴重な第1ページとなるのだろう・・・。

「デザイン思考が世界を変える」か・・・。

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 「なるほどなるほど」を期待して。情報収集が格段と便利になりました。しかし、オンラインに存在する情報量は確かにその時間やコストパフォーマンスの効率を考えると格段と・・・ですが、さてさて、その品質はいかなものか。オンラインに存在する独特のルールや規範の上で絶対的な量があるでしょうが、だから?という感覚も否めない。的確に情報を得ることにはいつの時代もそれぞれのアプローチが存在するが、そもそも、誰しも同じ情報が必要だとは限らない。その優劣は受信側の軸。ならば、入手方法が便利なり、入手先が豊富になっても、入手側が同じなら、結果、何も本質的には変わらないのではないだろうか・・・の疑問について、この著者の答を読み解ければと思っております。

 1冊の書籍との出会いも人と同じ。一期一会。書籍との出会いは著者との出会いでもあるのだから。に比べてオンラインの情報の向こうにある人の存在感の希薄さが気になる。ただの誤解や誤った先入観かもしれないし・・・。でも、そのサインも感じられるし、その兆候も現代のコミュニケーション事情やメディアの崩壊にも顕著に表れていると思います。まぁ、このことについても、何かこの中の情報に最善策が見つかれば¥1,300は美味しい。

「ボックス!」上・下。

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 やはり、気になっている小説。映画は待てない。「風強(カゼツヨ)」しかり、やっぱこの手の物語にはどこか引き付けられてしまいますね。

デコレーションメールが叶える・・・?。

 あなたの「文字だけメール」、7%のキモチしか伝わっていないとしたら・・・って、「デコメが叶えるハッピーコミュニケーション!美メールレシピ」という書籍のキャッチコピーですが、まぁまぁ、強引な物理定数とふわふわした文脈だこと。この仮説の背景や実体がもし7%しかなかったら・・・という切り口体重にどうしてもなってしまいますね。これもライターの意識と著者の意識の思い切りというか、なんでもかんでも言葉を並べておきましょう!的な判断がなんとも緩く、それならこの広告の紙面をもっと、得意のデコレーションで装飾アレンジすればいい。広告にはデコレーションを抜きにして、あなたの文字だけメールが7%しか伝わらないという根拠は?あなたの文字だけ広告なら7%以上伝わるのか?もう、支離滅裂であるが、たぶん、このテイの書籍は売れているだろう。この場合の売れているという指針はどこに設定すればいいのかも不明ですが、昨今のニーズと市場を観察していると、このテイに反応する人は比較的多いだろう。この場合デコレーションが目的になり、伝えることが手法になっていることは確かであり、ハッピーになるためにはこの組み合わせが、現代のテッパンですと言っているようにも聞こえますね。

 わたしは絵のコミュニケーションと文字のコミュニケーションを生業にしている立場上、それを混在させるグラフィックデザインという手法で伝えたいこと明確に絞り込むという思考で仕事に取り組んできた。それが、このテイのニーズも視野に入れるとなると、本末が転倒しますが、それでも、一回は飲み込んでみようと思っております。

 で、胃や腸がそれをどう消化してエネルギーに換えるかがとても興味あります。が、絵文字がそれほどコミュニケーションを潤滑にするのなら、もう、文字という伝達方法に限界が来ていると考察することができるし、いやいや、文字の組み合わせでは複雑過ぎて伝達できないから、絵でそれを補うという構図なのだろう。う~ん、これは非常に奥の深い問題ですね。

殺人の時効を廃止。

 罪を憎んで人を憎まずの真意は不明ですが、遺族にしてみればこのテイは当然。法律は人権を保護するという前提で覚醒してきた文脈ならば、時効を設立した人とそれを廃止しようとする人の間に何があったのか?時代の流れ?凶悪犯罪がはびこってきたから?生命の価値が昔と現代では何か変わってきたのか?そもそも、その法律の源泉は何だったのか?などなど、このニュースにはツッコミどころ満載である。国家の権威がこうもぶれているってことはやはり人の意識は時代と共に変異するということ。常にその変異が進化とは限らないとして殺人の罪が時効と共に0になるという発想はどこの何の発想なのだろう。痛ましい事件がテレビや新聞で報じるたびに然るべき機関の人達はそれを法律で裁いているが、昨今の陪審員制度も何かベースになるシナリオがあるはず。そしてそれを構築した国の文化や慣習や歴史背景があるはず。そことしっかりリンクし整合性が整っていればいいが、そもそも「裁き」とは何ぞやという根幹を紐解く必要もある。

 で、時効を待っている人が今現在、どこかで日常生活をしていると思うと複雑すぎる世の中の闇と光に震えが止まらないですね。

世界をリードする!?

 「超伝導送電」「外国人雇用・外国人採用」「人的ネットワークの活用」「石炭火力発電」「市場の創出」などなどテイの言葉は新聞に溢れている。それぞれのITを活用して何やらそれぞれの企業は世界をリードしたいらしい。しかし、何故、世界に対してリードするという視点がそれほど重要なのか?ふとその疑問を感じることが多い。何をどうすれば世界をリードするという発想になるのか?そして、それは何のためなのか?そんな壮大なことは個人的にどうすることもできないが、それが可能な企業があったとして目標地点やゴールの設定を何も「世界をリードする。」に設定する必要があるのだろうか。もっと、別のゴール設定が考えられないのだろうか。

 聞こえは確かにいいし、コピーライト的にもしっくりきてるし完結しているように一瞬は思うが、よくよく、この言葉を分解していくと中身があまりなさそうな気がします。世界の何をどうリードして結果どうしたいがあまり見えない現実が実はあるのではないか?だから、できるだけ大きな旗を掲げてそれが風にはためくを見て、ただただ、安心しておきたい。そうすれば、大きな看板が成立するぐらいの設定値のように感じてしまいました。活字信仰はまだまだ重要なファクターです。電子ブックに落としこまれてもそれはメディア操作として多くの人の人生を左右するわけですから、企業の考え方を文面に消化する時にライターの人もちょっとそこに疑問を持って欲しい気がします。

 で、過去にリードしたことを何かと仮定してのこの落とし込みに整合性が発生する。そこで、例えば、リードしてきたと思っていたが今はこうなってしまっているわけ。一進一退を繰り返す分野だからという言い訳はさて置き、現在その分野で「世界をリードしていない。」ということだけは確実に伝わりますね。

あるパンフレット表紙用のイラスト。

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 たまにはお仕事の情報もブログります。滋賀県のとある公園施設様のパンフレットの表紙用に描かせていただいたイラストレーション。ペン10%+カラーインク80%+ポスカラ&ガッシュ10%の配分でイラストボードに仕上げております。この作品の場合、やはり、ラフスケの段階で資料や構想が完璧に見えていたので、とても、純粋な気持ちで描くことができました。このG.W.に向けて滋賀県内の小学校の小学生全員に配布・送付されるパンフレットなので、やはり、小学生の子どもたちの顔を頭に思い描きながらひと筆ひと筆着色していきました。

 よって、いつものことながら、カミさんに「狂ってる・・・」といわれながらの描き込みとなりました。予定以上に時間がかかりましたが、力作モードで納得のGOOD JOB!

 やはり、イラストのお仕事をさせていただいていて一番テンションが上がるのは、これを見るであろう皆様のことを思いながら描いている時間がなんともいいのです。こんな時にやっぱ絵を描く仕事をしていて本当に良かったと思える瞬間のひとつですね。絵を仕事にするって結構大変ですが、その分、楽しさや充実感はそれ以上ですね。

 さてさて、滋賀県の小学生のみんな野洲と瀬田と琵琶湖湖岸の公園に遊びに来てくださいね!っと一応、宣伝もしつつ・・・。

ケーズデンキさんで¥780

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 最近、特にこの歳になり・・・はあまり関係ないかもしれませんが、このテイのギアというかグッズがどうしても気になります。腕時計もしないブランド商品関連にはピクリとも反応しないくせに、このテイの安いグッズには瞬殺です。以外と丈夫でスイッチも後ろでワンプッシュ。デザインもグッドグッド。

ペピーノ観察日記スタート!?

 ちょっと最近気になっている存在のペピーノについて。あるサイトより抜粋。「◎原産地など:ペピーノの原産地はアンデス地方(エクアドル・ペルーなど)。ニュージーランドなどで生産が盛んなようです。◎色や形など:ペピーノの果実は大きさが8cm~13cmほどの卵形、果皮はクリーム色に紫の縞模様が部分的に入っています。 (熟してくると縞模様はなくなるようです)。果肉は薄い黄色でその中には細かな種が沢山入っています。ペピーノの花はナスと似ていて薄い紫色の花弁があり中心にはオレンジの雄しべがあります。果樹は高さが1m~2mになります。◎味や効能など:ペピーノは甘味の少ないメロンやキュウリの味に似ています。果汁が多く熟するとウリのような芳香がします。生育環境などによって糖度にばらつきがあるようです。一般的に生食用とされていますが糖度が低い場合はサラダとして使うのも良いでしょう(生ハムなんかと合いそうです)◎栽培方法など:ペピーノは日当りが良く水はけの良い土壌を好みます。高温になると着果率が下がります。耐寒性はあまりないので冬場は室内に入れた方が良さそうです。基本的にはナスと同じように育てると良いでしょう。例えば3本立てにするとかです。大きな実を成らせる為に支柱を立て1房に2~3個になるように摘果すると良いでしょう。アブラムシやハダニはよく発生するそうです。繁殖は実生かでも増やせますが種を採取するのが面倒で未熟なものも多いので挿し木の方がお勧めです。」とあるのです。ということで、ここまでリサーチしているということは、すでに3株の苗を購入済み。

 ということで、昨年の「カボチャ日記」に続いて今シーズンは「ペピーノ観察日記」が近日中にこのブログでスタートするとかしないとか・・・。

 上記の抜粋させて頂いたサイトはこちらです。この愛情がペピーノには大切なんですね。頑張ろう!

詳しくはこちらをどうぞ。「ナス科の珍しいフルーツ。中南米原産で味は甘いキュウリ??」ページで~す。

くすのきに名前を付けて!

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 グリーンホテルYes長浜みなと館さんの玄関でお客様をお迎えしているシンボルツリー「くすのき」。この木に愛称をつけましょう!というキャンペーンが6月30日まで展開されています。応募方法は簡単です。お名前を応募いただいた方全員にみなと館「よしの湯」の入浴券1枚が進呈というとても嬉しいキャンペーンなのです。また、グランプリを獲得された方にはさらに素晴らしい賞品がみなと館様から進呈。ぜひ、応募してみてください。私もギリまで構想して一本、ココイチのネーミングを応募しようと思っております。詳しくはグリーンホテルさんの公式WEBサイトのトップバナボからか、下記の応募フォームから入ってみてください。トップページにQRもありますので、携帯でも応募可能です。

 私自身も何回か「よしの湯」さんには入らせていただいていますが、なかなか、素敵な温泉です。露天風呂もありで、やっぱ、日本人は露天風呂でっせ!って感じです。

詳しくはこちらをどうぞ。「くすのきに名前を付けて下さい!」キャンペーンページ

愛を祝う場所。

 なかなかこのフレーズを日本の歌詞に発見することはない。ヒルクライムさんの「春夏秋冬」の中に登場する言葉です。そうかそうか、愛は祝うのか・・・と。結構、仕事場でも車の中でもiPodでもヒルクライムさんのリサイタルを聴くことが多く。この韻は誠に美しい。他のこのテイのアーティストの皆様が何故こうならないのか、日本語が美しいと感じるアーティストはそういないが、ヒルクライムさんはグレイト。とは言えこの前に誰だったとなると、モトハルサノになる。だから、愛を祝う場所と歌うヒルクライムさんは凄い。

華名さん公式WEBサイト。

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 いやいや、世の中には逞しくも魅力的な女性がいるものです。大阪芸大(短大)出身ってことでなんとなく親しみを覚え、動画を拝見したらバシバシの関西弁。これもいい感じ。たぶん、このような方の周りには元気な魅力的な人たちがいっぱい集まってくるのだろうと思います。やはり、古今東西、ビジネスの仕組みや金看板が人を引き付けるのではなく、人はやはり温度の高い人、魅力的な人、ポテンシャルの高い人に引力を本能で感じるのだと思います。理由とか根拠とか背景とかはあとから勝手にどうにでもなるってお話。

 さらに、華名さんはデザインオフィスも展開しておられるというマルチぶり。そして、来る29日にプロレスのイベントも企画・運営される・・・。う~ん、このエネルギーの素晴らしさと行動力の迅速さ。動く人の方程式を持っておられるのですね。

 詳しくはこちらをどうぞ。「華名さん公式WEBサイト」

K→A→N→M→Sの順に。

 ふとキーボードを見るとK→A→N→M→Sの順に文字が欠け始めている。これは何のサインだろう?

チョップ君、さっきメシあげたでしょ。

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 何?何?さっきメシはいっぱいあげたでしょうに・・・。

ドングリがワサァ~と。

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 そろそろ、植え替えのドングリたちです。こんなにワサァ~!とくるとは・・・。

外来魚の駆除。

 ブラックバスの顔を見なくなり久しいが、ルアーフィッシングには様々な魅力があり、「ゲームフィッシング」の本質に真髄に一度でも触れた人であれば、人と魚、人と自然、人と人のコミュニケーションの魅力こそがallであると知る。いつのころか、琵琶湖でもブラックバスを外来魚として捉え生態系が崩壊するとの危機感でブラックバスの駆除が市民権を得て、猫も杓子も駆除をエンタメに置き換え大義と捉えエンジョイしはじめてから、一回も琵琶湖にルアーを投げていない。このムーブメントを否定も肯定もしないが、自分自身のスタイルとしてキャッチ&リリースは必須であるから、それを規制されるようなレイクにルアーを投げたくないというのがコアにあるからです。

 生態系を守るために子どもたちがブラックバスを害魚と認識して殺すために釣るという捕獲行為に興じることがある側面では教育かもしれないが、大きな自然の摂理から観ればある視点では的は得ていないように感じます。この部分が不透明な状態でとても琵琶湖にルアーを投げる気持ちにはなれず、ずっと、ロッドを置いている。自然の生態系のリズムを崩してきた張本人が便宜上の目先の論理で生態系に何の手を施そうが、自然は自然のままがいい。例え、人為的に放流された外来魚が繁殖し弱肉強食の法則で元種の存続に対して危機を及ぼそうが、その事実にヒトはある一定の距離を置いた方がいいように思います。それを生業としていない勝手な偏った意見かもしれませんが、鮎やモロコ達は人間に食べられるために、琵琶湖の水産業を担うために生まれてきたわけではないのだから。そして、ブラックバスもアメリカから海を渡って勝手に琵琶湖に辿りついたわけではないのだから。琵琶湖は決してヒトが独占していいものではないのだから、ヒトの都合でなんとかしようなどと奢るべきではないと思う。

パターで狙えるなら絶対にパターで。

 これはゴルフをする人意外にはピンとこないお話かもしれないですが、あるゴルフ雑誌に書いてあった言葉です。グリーン周りのアプローチのお話で、セカンド・サード、もしくはショートのティーショットでグリーンをはずした場合、もしくは、あと少しでグリーンに届かなかった場合の状況で、花道やグリーン面までラフやバンカーなどのトラップがなく、起伏(砲台でなければ。)もさほどなければパターでピンを狙いなさいという意味である。アベレージゴルファーはテレビでプロの技を観て、マンガでイメージだけを誇張させて、PWやAWやPS、もしくは、ミドルで低く打ち出してスピンでピンに絡ませるみたいなアプローチをイメージして、結果、ホームラン、ザックリになる。それもゴルフと楽しいうちはいいが、その一打の重さが心にのしかかるぐらいなら、状況を判断してパターで寄せろ。もしくは、パターでチップインを狙えということ。間違ってもミケルソンのようなロブショットでピンハイに落とすみたいなイメージは究極のアドベンチャー。

 しかしながら、なかなか、アベレージゴルファーは無意味なプライドがあり、それがセオリーだと思い込んでしまい、パターで狙える状況でもウエッジやアイアンを手にしてしまう。ここが実はゴルフのランクを決定的に決める境界線なのだろう。つまり、先入観や固定観念の中だけでプレイを進め、例えそれが失敗しても技術が未熟だからハハハと楽しいモードで納得。仮にベタに落ちたり間違ってカップインした日にはその感触をいつまでも引きずりまくる。これは、何もゴルフだけに関連・連動したお話ではない。

 で、何でもそう。今、自分のボールがある位置や状況を判断してどのクラブでどのような打ち方をするのがベターかを判断しなさい。一番簡単なクラブであるパターでピンを狙えるならスタイルとかセオリーとか捨てて素直にパターでピンを狙いなさいというニュアンスだろう。

 が、ゴルフでも仕事でも人生でもなかかなこれができそでできない・・・。どんな状況でもパターでピンをカップを狙えるならパターを握る判断力を持ちたいものです。ゴルフもその他もやはり上がってなんぼだから。プロセスより結果っていうが、いい結果も悪い結果も積み重ねていかなければいけないわけで、となると、結果はプロセスに含まれる。全ては流れの上で捉えれば、先入観や固定観念がいかに無駄なリミッターになって悪く機能していることに気がつくのに。やはり、ナチュラルにストレートにピュアなインスピレーションに反応できるフラットな頭でいつもいたいですね。ゴルフも仕事も人生も。

薄々感じてる部分。

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 なんかそんな感じがずっとしていたのですが、いよいよ、こういうテイの書籍が出る感じになってしまいました。もう政治とか仮想現実に近い感覚ですし、テレビで何を言おうが、選挙カーがそれぞれの主張を一生懸命語ろうが説得力も信頼感も0。なのに、まだあのエリアではあんなことこんなことが起こっています的な書籍だろう。「日本経済の真実」を知ったところで誰が得をして誰が損をするという段階はもう過去になったからこのような書籍が発表される余地が生まれたと考えると、それはそれで、恐ろしい。危機感もかなり上位クラスになってきたのか、もう、すでに何らかの兆候が具体化して、リセット不可能みたいな状態が実のところの真実だったり。いろいろ仮説を考えてみるがいずれもあまりいい物語にはなりそうにもない。信じる者が救われてきた日本はかなりボトム状態のようで、これを踏まえて何をどうすればについてもこの書籍に書いてあればいいがそんな好都合な世の中ではないだろう。

 で、何かの書籍で読んだ時代のキーワード「protect myself!」という言葉が妙に重い。しかし、いつかの放送のように「この国は只今崩壊しました。」みたいな宣言をされた時、我々は何をどうすればいいのだろうか?第9区へでも逃げ込むのか・・・!?

誰もがソフトの開発者!?

 北欧の大学生が作ったゲームソフトが1年で世界中700万人に広まり、約2,500万円を稼ぎ出した。インターネット経由でデータセンターの処理能力を利用する「クラウドコンピューティング」を使えば、高性能コンピューターを持たない個人でも専門的のソフト開発会社と同じ事業環境が手に入るという仕組み。つまり、アイディアさえあればプラットフォームはどこにでも存在するってお話。ソフトウエアの開発に巨額のコストをかけて専門家がその技術やアイディアを抱え込みひとり勝ちする仕組みが完全に崩壊したことをこの事例は意味しています。ただ、これは極端な事例であり、誰しもここへ辿り着けるという短絡的な考えはできにくい。ただ、明らかに何か新しい価値を創出するのに設備やコストは以前の仕組みほど必要ないというお話だろう。

 で、それを仕掛ける側とすると何が旨味なのか?結果、アマゾンとグーグルとアップルが利権を争う仕組みが見えてくるが、クラウドを雲と例えたことが仇にならなければいいが・・・。

ペーパーレス環境の実現。

 あるメルマガより抜粋。「ビジネスの分野では、PDFやオフィスアプリケーションのデータをプリントして、紙の状態で自分の承認印を捺印するといった作業をすることが今でも一般的だ。しかし、最近は経費削減やエコの観点からプリントの量を減らすよう、いい渡されている人/部門も多いだろう。こんなとき、Macなら手軽にペーパーレス環境を実現できるのだ。」とあります。しかし、何もペーパーレスは最近のお話ではないものの、いよいよ、次のステージにステップアップするような感覚でしょうか。クラウドや電子ブックが加速するとさらにデジタルデバイスが浸透しひとりひとりが情報の受発信や整理やアーカイブにデジタルデバイスを活用し、ペーパーレスの意識がセカンドステージを迎えるような。

 で、メディアとしての紙の価値が減少しながら、別の本来の質感や存在感など部分で逸品であることやオンリーワンの紙のクリエイトが価値を新たに創出し始める。そのフィールドに何を投げるかの厳選がさらに加速する。いわば本質的なコンテンツ時代にブラッシュアップされていくような。ペーパーレスと言えば印刷業がその一番のあおりを受ける部分になります。新聞の価値や雑誌の価値、書籍の価値が新たな局面を迎えているように印刷するというアクションさえもコンテンツ思考になる。オリコミチラシ文化が淘汰されるとは思いにくいが、それもデジタル携帯デバイスがさらに加速し浸透すれば、オリコミチラシのリアリティーは減少するだろうし、DMも同じ。情報を受ける側がデジタルであれば、紙の情報の汎用性自体も減少する。「いやいや、まだまだ、そんな時代はずっと先でしょう・・・」ってあぐらをかいていると、実はもう次の瞬間からその波が来ていることに気がつかず、一揆に津波のようにその文化が押し寄せて来た時に、ガツンと踏ん張れないってことになる。常にこの動向は自分自身の射程圏内に入れて全てを考察する必要があるでしょう。

 ただ、優れた紙の文化やアートやメディアはやはりそんな時代にも残る。「ザ・ウォーカー」など映画の世界観は極端な考察として、そんな時代も予感できそうなペーパーレスの勢いを感じます。

いいですねぇ~。

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 本日のグーグルのヘッダー。いい感じいい感じ。

素材辞典Vol.202より。

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 とあるWEBサイトの新規オープンに向けて素材写真CDを購入。素材辞典Vol.202「ラブリー&キュートガールズ編」。オンラインで送料込み+台引きで¥7,240(税込)。素材もこのテイで200点となかなかのアタリでした。ここに至るまでにいろいろなモデル写真素材をリサーチしたのですが、なかなかタイプに辿りつかなった。オンラインでの検索は時間の割にストライクが少ないので疲れ始めていたタイミングでこのCDがヒット。オンラインでリサーチするってキモはネバリなのですが、今回も粘れたのでいいのをヒットできました。モデルさんもイメージに近く、逆に1年しか使用できないのに1点で¥30,000。のわりにはただの外人モデル・・・。というイメージの連発。安いのは安いで「これは外人モデルっていうよりも、ただの外人だろう???」これでモデルとはちょっと厳しい・・・のばかり。そんなリサーチを繰り返していたので、このタイプのジャパニーズガールはアタリですね。あとはこれらをどう料理するか・・・。

年に一度の定期検診。

 明日は年に一度の健康診断。血を採られて、バリウムを飲んで・・・。そして、数週間後の健康通信簿が届く。これが以上に緊張する始末。う~ん、なんとも、毎年のことながら微妙な気持ちです。

体温を上げると健康になる。

 40歳を過ぎた頃あたりから、健康のありがたさが身にしみて、若い頃のような無茶をしなくなりました。適度な無茶は何歳になってもやっていきたいと考えているのですが、確実に疲れがなくなるのに日数が若い頃の3~5倍かかる現実とどう向き合うのかという部分で、気がつけば完全に「健康オタク」になっていた。だから、ストレッチや食べ物や今の自分の体調にマッチした適度な運動などなど、リミッターを今の自分自身の体調をしっかり掌握した上で取り組んでいます。

 で、やはり、当然ということで、健康についての書籍は増えている。健康というモードでいうなら、身体は勿論のこと、「精神的な健康」や「頭の中的な健康」や「仕事面での取り組み方の健康」などいろいろなベクトルがあり、そのテイでいろいろな書籍を読み、実現可能な部分で日々自分のペースで取り組んでいます。そんな中「体温を上げると健康になる。」という書籍を発見。即購入。細かい健康法についてどこかのトレーナーが書いたのかな・・・と思いきや、いやいや、納得納得説得力120%でした。まだ途中なので内容をしっかりと分解・分析はできていませんが、なぜ体温を上げると健康になり、低体温(35度台)だと健康を維持しにくいのかがしっかりと書かれているようです。意外なアプローチが多く、健康オタクもびっくりの視点がたくさん網羅されていました。また、実際にトライしてみてその成果をブログります。

 しかし、基本的に身体も頭も心も体温は高い方なので、逆に無駄に体温を上げぬよう注意しながら・・・。

「フリンジ」ファーストステージの仕掛け。

 昨日、海外のテレビシリーズのDVD「フリンジ」のファーストステージ最終巻(No.11)にたどり着いた。結構11枚のDVDは時間がかかるかなと思っていたが、なになに、けっこう1ヶ月ぐらいで全20話を観てしまった。う~ん、ヤバイ。第一感想である。どうヤバイのか、たぶん、1話1話を細かく分析しながら分解しながら文脈を整えないと伝えることができなだろう。そして、充分に考察や洞察を文章化してもたぶん今感じているニュアンスの10%も伝えることができないだろうと思っております。

 それは、展開されたお話のことだけではなく、今、何故、フリンジなのか?という大きなテーマについては正確には書き出すことが不可能なのだからだと思います。簡単に不可能などという言葉は使いたくないのですが、たぶん、おそらく不可能でしょう。

 ぜひ、観た方と意見交換をさせていただけれれば、その「不可能さ」を共有できるのではないだろか・・・。しかし、比較的早目に全20話を観れたのも、それぞれ11本のDVDが常に借りられていなかったからであり、あまり、食いつきの面では・・・だったような気がします。

「音楽好きの脳」ダニエル・J・レヴィティン著

 広告の文脈より抜粋。「なぜ、人は音楽を必要とするのか?ある著名な科学者は、音楽など消えても何も困らないと言い放ったという。一方、進化論を唱えたチャールズ・ダーウィンは、音楽は私たちの情熱の一部としっかり結びつき、「クジャクの尾羽」と同様、パートナー選びに役だっていると考えた。」とある。音楽は消えても何も困らなかった科学者の末路は推して知るべしとして、さすが、ダーウィンである。そして、クジャク~とするあたりがなんとも素晴らしい。進化を諦めた著名なだけの科学者の言葉がこれほど響かない理由は真価の絶対量だろう。

 で、偏在する音楽の価値については人それぞれだろうが、目を閉じれれば誰にも闇は手に入るが、耳をふさいでも頭に鳴る音楽のチカラは自分自身の中にもう一人のパートナーを探すことにも少なからず役だっているように思います。それほど音楽はヒトにとって意義があると信じたい。

小説「パイレーツ」。

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 早過ぎる死がなんとももどかしい。故M.クライトンの小説「パイレーツ」。この中に注いだクライトンの真実が楽しみである。

3分という意識。

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 3分とは時に長く、時に短い。それは普遍の時間のサイクルとは異なる時間がヒトの頭の中で流れているから。それを目で自覚すると不思議な感覚になる。重力でガラスの空間に閉じ込めらた砂が一定の摩擦を経て上から下へ落ちる時間、3分間。たかが3分間、されど3分間。そして、手作りの白クマがそれを見ているという構図。

未体験の魅力。

 時に未体験のことが無償に魅力的に思えることがある。逆にそれを演出して興味づけ・動機づけをする手法についても、様々な販売促進ツールやブランド戦略には適用されているように感じる。「知らないこと。」「体験していないこと。」は無償に魅力を感じる。例の「踏み出す!」ってテイの奴も同じ。通信教育でカラーコーディネイトの体系やチュートリアルをしたからって、バリバリの最前線のカラーコーディネイターになれるわけはないし、仮にその仕事につけたとしてもそのテイのポテンシャルで最前線は泳げない。これは間違いない現実。しかし、人は未体験の存在に興味を抱き心を奪われ自分の資金や時間や心をその畑に注ぐ。

 で、この心理の背景には人間の合理性と何かを次に継承させたいという本能が機能しているように思う。それがヒトの本質であることを意識化すれば、いろいろなリアルが見えてくる。極論を言えば「死」は誰しも未体験。だからこれほど心を奪われる。真実の「真」という感じは頭が逆さになった死体の表意文字だということらしいが、その存在が普遍の存在であるから・・・というニュアンスが「真」の文字の背景にあるとかないとか・・・。う~ん、それも日本の文字文化の背景に脈々と流れている真実だろう。

 誰しも「素晴らしい死」に向かっているというテイ。

高い物#03。

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 冷たい雨の中の鉄塔。田んぼの中にひっそりと立っている。気になりました。

高い物#02。

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 最近、なんとなくやはり高いモノが気になります。

CPU2.93GHzのパワーはいかなものか?

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 来週到着予定のDELLが急きょ前倒しになり本日到着。こういう誤算は少しテンションがあがる。新しいモニターとのセットアップやデータの移動やソフトウエアの新規インストールなどはゆっくり来週末にと思っていたのが、少し早く着手できそうです。大変だけど楽しみです。

 いったい2.93GHzが8発ってどういうスピード感なのかもうワクワクドキドキです。これで映像や3DCGのレンダリングは快適になるでしょうし、通常のWEBやDTPもスイスイのスイだろなぁ~とテンションが上がります。DVDを観たりすることはないだろけど、映像や音声データの編集はこれまでどおりに取り組みますので、この22インチワイドの画面と新しいDELLでさてさて何を作ろうか・・・という感じです。おまけで撮影用・WEB確認用で買ったPowerBookG4(Mac)もまだ何もソフトを入れていないので、古いモデルとは言えまだ軽い状態。これにはあまり何も入れないでおこうと思っていますが、あまりCPUに負荷のかからないソフトやデータまでにしようと思ってります。

 で、やはり、新しいプラットフォームの導入は結構我慢する派なので、購入する時は可能な限りMAXにしている流れでこれということ。

ポトスみたいに・・・。

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 ほんとにこいつは逞しい。この逞しさは見習いたい。水を少しぐらい忘れてても、栄養なんかたまにしかあげていないのに、夏暑くて冬寒い事務所なのに、ほんとに元気でグイグイ成長しまくり。水差しに入れておくと勝手に根が出てくるし、葉1枚だけ植木鉢の土の中に埋めておいても気がつくと根を出して元気に次の葉を出しよる。冬でも夏でも元気。壁に添えていたら普通の壁紙に根を埋め込むテイでしっかり壁に張り付く始末。お前さんはいったいどれだけ逞しいのか?どんな状態でもしっかりした緑の葉をたたえふと気がつくと、次の葉を出しているポトス。う~ん、この逞しさ少しわけていただきたい。

寒い。

 桜が散り始めてるっつ~のに寒い。地球温暖化はどうなった?この冬も雪が多かったし普通に寒かったが・・・。メディアにも四季があるのか夏前になるとクールビズとかCO2削減で温暖化防止って騒ぎだすのに、秋から冬には帳尻を合わせるかのように、何か不思議なシナリオがあるかのように、裏事情のつじつまを合わせるかのように鎮静する「地球温暖化問題」。で、何なの?それって?誰かの匙加減?のせるだけのせてあとはそのまんまかい!って上田さんのツッコミが聞こえてくる。

 しかし、寒い。道路沿いの気温計は6~7度って!そりゃ野菜も育たないっつ~の。もう暖かくなるだろうって気を緩めているとまた風邪が復活してしまう。病は気からって上手いこというものです。つまり、気持ちが病んでいたらそれは病気ってこと。気持ちがダウンしていると身体も呼応するってこと。人間は心で生きているっていうけど、心=身体なんですね。40歳を超えた頃からしみじみとその言葉が重く心にのしかかってきました。40歳を超えた皆様いかがですか?

 無駄にいろいろなところに力がはいりませんか?びっくりするぐらい何かにぶつかりませんか?例えばコーヒーを入れている時なんか、瓶からインスタントコーヒーをひとさじコップに入れるだけなのに、そのコーヒーの瓶の出口あたりにスプーンがぶつかりコーヒーの粉をぶちまける。仕事机の上に入れたコーヒーに電話をしながら手を伸ばすと取っ手をつかんだつもりが少しずれて机の上がコーヒーの海。飲み終えたコーヒーカップを洗って水を切っているとシンクの淵にカップがあたって、ガチン!ってどんだけコーヒー飲んでるねん!

 う~ん、全て寒いのが悪い。冬は雪以外は嫌いだ・・・。

W氏の太鼓判。

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 いつもPCのことでお世話になっているW氏からの太鼓判です。チタニウムボディのPowerBokksG4です。中古ではあるのですが、なかなかのスペックです。まだ、何も入れていないのですが、まずは諸々をアップデート中です。さすが、W氏の太鼓判だけあり素敵なプラットフォームになりそうです。最近、Macは完全に見切っていただけに意外に美味しい1台になりそうです。で、いくらだったでしょう?非常に非常に特価でした。

アドビ、「Adobe Creative Suite 5」日本語版発表。

 いよいよそういう時期ですね。いろいろな情勢の中、アドビさんがどういうアプローチをされているかがこのCS5への取り組みで明確になるでしょう。で、APPLEさんとの関係、MSさんとの関係、GOOGLEさんとの関係、いろいろなことが合塗れ複雑なシンクロが展開されるのでしょう。

 で、FLASHはどうなる?の疑問について現在公開されている情報だけをたどるとまだまだ不安定な部分もあり、アドビさんもいろいろな様々なアプローチを展開されている。そして、現場はどう考えているのか?ニーズはどのように変化するのか?5月下旬が発売開始らしいので、それまでにやはりひととおりのチェックをしなければ・・・。それに付随して他のメーカーのソフトウエアを併用している関係からやはり連携力という意味でこの発表は要チェック。サイクルが加速しているのは市場が活性化していないからであり、市場を活性化するためにバージョンアップが繰り返されるのは「にわとりと卵」のようにも思えるが、それは、プラットフォームとソフトウエアの歴史であり、その他のカテゴリーに置いてもこの連鎖はもう止めららないだろうから、それについてはノーコメントとしても、市場の2極化・多様化にツールをマッチさせるっていう視点でやはり使い手のポテンシャルが試されているのだろう。それについてもいつの時代も同じなのかもしれない。道具の進化が必ずしも創り手のベクトルに連動するとは限らない。が、創り手のテンションを意識し過ぎてもデベロッパー達はストレスが溜まるだろうし・・・。しかしながら、創り手を無視した開発はナンセンス。ということは、一番先端のニーズに対応されたCS5であるという仮説から全ては紐解く必要がありそうです。

 うん、できる限り追随したいと考えています。特にFLASHを。

やっぱハライチ最高。

 この時期いろいろなスペシャルが放映されいる。3時間や4時間のテイでいろいろな人がテレビに登場する。それぞれのシナリオに沿って番組を盛り上げている。そんな中でやはり、お笑い芸人の人たちのポテンシャルは明らかに別格である。可愛いだけの女子アナや中途半端な俳優・女優、さらに、もうそろそろ引退してほしいMC陣。これらを圧倒的な話術とポテンシャルで抑え込んでいるお笑い芸人の人達。彼ら彼女たちのブームはもうただのブームとしてではなく、もう、完成しているように思える。たぶん、これまではメディアが優位だった構図から、それぞれの個人がメデァイをコントロールするような展開になるのではないだろうか。偉そうなテレビ局の上部はたぶんここ数年で足元を軽くスクワレルだろう。それはそれでテレビファンとして観ていて楽しいし刺激的だからその流れでぜひ進んでほしい。

 お笑いの重鎮と呼ばれる人たちもそろそろそのエネルギーもなくなりつつある昨今、やはり、新しいメディアの中心に軸として存在するべき人材はそろそろ頭角を現しているような。オードリーの若林さんは最初にナイナイの番組に登場してからもう地位を確立しているし、M-1の覇者達もそれぞれの立ち位置を確定しているように見える。海賊版で言うなら有吉さんやウエンツ君やふかわさんも自分の世界を確立している。

 そんな視点で昨今の特番のテイを観ている中、明らかに数合わせが顔を揃えている中、ハライチさんのポテンシャルは最高である。たぶん、オリラジが登場した際のインパクトの度合いで言えば200倍ぐらいのエネルギーとポテンシャルが違う。引いて言えばダウンタウンぐらいの期待感があります。これまでいろいろなお笑いさんを観てきましたが、松本さんと浜田さんのコンビネーションとポテンシャルとセンスと比較するコンビもピンもおられなかった。しかし、ハライチさんは同位に位置付けたい。

 あと、最終兵器でもないだろうかが、「もう中学生」さんと「バカリズム」さんは別格クラスである。たぶん、お笑いお話はデザインやWEBのお話よりも私自身の中で根が深いので今後このテイのお話は新規カテゴリー「お笑い研究会」としてこのブログで展開していこうと思っております。たぶん、ひとりで、かなりかなり盛り上がることでしょう。

ソフトなイラスト。

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 あるパンフレットに使用するイラスト。ペンでアウトライン、その後、カラーインクで少し着色、そして、最後に色鉛筆で仕上げています。やっぱ、このタッチはデジタルでは無理。スキル的に不可能ではないが、それはやっぱしたくない。なぜなら確固たる「したくない理由」があるからである。紙に画材で描く絵はやっぱり好き。

アンモナイト。

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 お土産のアンモナイトの化石。特に何も言うことはない。このスパイラルを見ているだけで生物の進化のスパイラルが頭を巡る。それが地球の地圧と永年の時を経てこのカタチ。どんだけクラウドにヒトの英知が蓄積されようがそれは全てヒトの匙加減。所詮・・・である。それに比べこの小さいフォルムに無限の地球の歴史がガチで詰め込まれているリアリティー。だから、いつも目に見える場所に置いておきたい逸品ですね。「見えている。」ことをたまに意識化するといろいろと多くのモノが見えてきます。

健康球。

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 中国の物産コーナーで見つけた健康球。これを手の中でくるくる回しながら手先の感覚を高めたり、リラックスしたり。手先と脳の関係を踏んだ中国の知恵ということだろう。確かにこの感覚は大切にしたい。アナログの仕事もデジタルの仕事も結局五感でインプットして声や手先でアウトプットしている。脳から筋肉に信号が行きながら、触感から脳に信号を送り返す。このパラレルなヒット&アウエイが結果感覚にテンションを与えながら緩めながらアクションになる。イメージしたことをリアル現実に適用させるためのプロセスはたぶんどれだけデジタルデジタルした社会が覚醒しようが同じ。

 で、健康球をいつも手元に置いています。指先と頭の信号経路に適度なテンションとリラックスをキープするために。そして、この鉄の球の中には磁石が入っているので、磁気も少しながら血流に影響があるのだろう・・・的な信じるから救われたいのテイであるが、まぁ、このフォルムもなんか「健康」への知恵のベクトルが感じられとてもオキニイリです。

Mr.White@RESRVOIR DOGS

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 Look back on the track a little green bag...

ズバリ、SNSとは?

 ある書籍からの抜粋です。「SNSは人間関係を表現するソフトウエアだと言われている。具体的に「日記」「あしあと」「コミュニティー」は非常に面白い機能ではあるが、SNSの本質を考えたときに、究極的にはこれらの機能が含まれなくてもいい。このように書くと「面白い機能が何もないじゃん」と誤解を受けるかもしれませんが、多くの機能を中途半端に追加するよりも「人間関係の表現」に特化する必要があるということを伝えたい。その「人間関係の表現」ができてこそ「日記」「あしあと」「コミュニティー」などの各機能がより良く機能すると考えています。だからこそ、常にSNSは何のためのソフトウエアなのかということを意識しながら開発していきたいと考えています。~中略~例えば、MediaWikiは「知識の集積」、WordPressは「日記」、Flickerは「写真」、YouTubeは「動画」をそれぞれ照らしているように、このSNSソフトウエアは「人間関係」を照らしているのです。」と。

 そして、面白いフレーズがあります。よく企業や地域でSNSを導入して会社の人間関係や地域のネットワークを活性化しようと取り組まれている。しかし、それは全く本末転倒ですと。まったく真逆なんですとある。企業も地域も活性化されている状態があるからこそSNSの導入の意義・価値があると。SNSを導入したから活性化されるなんて都合のいい仕組みはどこにもないのである。e-ラーニングのプログラムに依存している昨今の大学の教育現場の本末転倒さ加減がなんとも悲しくなる。もともと活性化され教育の仕組みや大学のポテンシャルがあるケースでこれらの仕組みが導入されてこそ・・・の部分なのである。だから、SNSは錬金術ではない。

 で、これ関連でこんな言葉が添えてありました。「完成(デザイン上の)」とは、付け加えるモノがなくなた時ではなく、むしろ何も取り去るモノがなくなった時である。」と。う~ん、重いフレーズである。これらはこの論文のワンフレーズらしいですね。詳しくはこちらをご覧ください。論文「伽藍とバザール」

 そろそろ、ITについての万象が確実に次の変態のタイミングをむかえている。

星印のランキング。

 昔からでしょうが、レストランやホテルに存在する例の「星印のランキング」の真価について。鵜呑みするのは簡単ですが、なぜ、星がひとつなのか?なぜ星が5つなのか?その背景を充分に理解していないのに意外に人はそれらを鵜呑みにしている。いくら権威のある星印ランキングでも結果誰かの匙加減ひとつ。それに真価が感じられなければ星がいくつなどとまったく言語道断。

 地位と名声のある権威がそれを判断して星をいくつかなんて言って「ほほぉ~!」となる感じがなんとも緩い。しかし、世の中には星印のランキングがかなり大手を振って歩いている。書籍や映画や音楽CDもそうである。これって誰が決めているのか?をそこそこスルーして「ああ、これは星が4.5だからかなりいい映画なんだろう・・・」とか、「これは前評判が高ったが結果星がひとつか・・・残念。」って感じでそれでかなり一喜一憂している不思議。

 これと同じテイで、「公認」「検定」「公式」という言葉もかなり大きな顔をして世の中を横行している。これは単にそれらの資格を一切持たない人間のヒガミ&ネタミなのかもしれないですが、その真価もさほど何かのベクトルを追求する時に有効だとは思えない。もっと言うと、「肩書き」も同じ。そして、I・S・Oも同じ。アベレージを勝手に設定して上か下かなどと何の意味がある?まぁ、義務教育についての考え方についてはまたいずれ多くの思うことを書き出すとして、それらは教育を受けている段階では有効なひとつの大きな指針だと思うが、社会に出るということは様々な価値観があり様々なゴールが存在するわけですから、アベレージをどこに設定するかさえもクリエティブの対象のように感じます。

 で、なんでその基準を「星」に例えるのか?この場合「星」は何のシンボルなんだろう???

何故?ただの思いつきがダメ?

 デザインの仕事をしていて専用のソフトウエアを活用できるようになるまで書籍を読み適度なチュートリアルをこなし目の前の仕事にフォーカスする。いきなり専用のソフトウエアが活用できるわけではないので、機能や特長を知り実例を踏まえタスクに取り組むようにしています。しかし、アナログの道具と同じで手に馴染むまでがなんともギコチナイ。一旦手に馴染むとと道具と同じで能率が上がり品質を追求できる。そして、思考パターンと同期する感覚が得られ、ここをこうしたいがマウスとキーボードでリンクし始めるとホップはクリアする。

 その段階で「デザインを考える。」というプロセスのお話。若い頃、ある仕事であるレベルのデザイン案をお得意様から求められ展開するツールにどのように企画やデザインを適用し意向を表現するかという段階で誰しも頭を捻る。適正なテンプレがあればそれも視野にいれるが、基本はゼロスタート。この状況でデザインのアイディアや表現手法をどのような気持ちで取り組むかという部分で、若い頃は頭で考え過ぎて「これだけの資料をリサーチしてその中からじっくりと検討しましたから~」や「デザイン表現についてすでに何十通りの展開を考えて、その中から今回のコンセプトにマッチした~」などととにかく言い訳が先行するパターンが多かったように記憶している。それも、「仕事に対する熱意」であるから、必要ではあるが、「それでこの程度のデザイン?」と言われてしまうこともしばしば。つまり、プロセス重視の風潮がデザインの仕事のアプローチにもテッパンで、それさえこなせば信頼してもらえるだろう的な依存心があったことも事実。デザイン=感性ということは頭で理解していても、いざとなると、まず、堀から固めてしまう人間の悲しいサガ。それに反して、忙しくいろいろな仕事を並行していると、実際に作成から吟味・微調整のプロセスに想定以上に時間を配分できないこともある。その時、言わば「思いつき」でデザイン案を比較的短時間で作成して上司に怒られるパターン。「う~ん、こんなただの思いつきではダメダメ!」自分自身、時間もなく吟味も検討もせずに提出しているから後ろめたさも相まって、「すいません。」となる。

 が、心でずっと「何故?ただの思いつきではダメなのか?」と思っていた。デザインをカタチにするのに「時間×感覚×スキル=成果物」的な方程式なんてどこにもないのに。「思いつき」の裏にある何かがその時はあまりも微弱だったことは否めないが、「時間を費やしたから=いいデザイン」にはならないという感覚も大切だと思うのです。人の思いつきには膨大なる経験値と知識と感覚の要素が存在する。直感やインスピレーションも、ただもやっ~と降臨するわけではない。逆に「ただの思いつき」の方がストレートで印象的で強いデザインになることの方が多い。時間をかけることが何よりも重要という気質はどうもしっくりこない感じであり、ナンセンスに思える。

 それを最近どんな仕事のどの場面で感じたかについてはオフレコードですが・・・。

APPLEさん、なぜそんなに遅いの?

 アップルの最新情報がこれ。「CPU:2.8GHzクアッドコアXeon×2(8発) メモリ:2Gバイト HDD:320Gバイト 34万9800円」が最新の標準仕様だそうです。う~ん、なぜそんに遅いのか?最近購入したWINマシンが来週到着するのですが、それはDELLのワークステーションで「CPU:2.93GHzクアッドコアXeon×2(8発) メモリ:3Gバイト HDD:1Tバイト 17万円まで」である。今のところこれより上位クラスは考えていないので、いつか、ソフトが64ビットになったらまた考えよう、OS-7の活用度が上がれば考えようと思っています。でも、上位クラスを導入するのは「速さ」だけがポイントではない。詳しい方に聞くと、電力供給部分がパソコンクラスとは比較にならないぐらい安定している上に耐久性の点でも格段であるとのこと。どちらかというと手に入れたい部分はそちらかもしれない、業務的には10万円までのパソコンレベルにメモリを上げれば仕事はできるが、10万以下のモノと定価20~30万クラスの筐体の差はアプリを走らせる際の決定的な安定度なのである。

 同じソフトと同じようなターゲットであるはずのアップルさん。なぜ、そんなにIDデザインや付加価値ばかりにこだわるのか?iPodやiPadはビジネスモデル的には美味しいかもしれないですが、これまでお世話にったクリエイターの皆さまのターゲットをあまりにも無碍にしていないか?いつのころか、Macへのこだわりや愛着がなくなったのもごく自然な成り行きでしたよ。儲かる商品ばかり力を入れるというのは企業だからいいでしょうし、プラットフォームにもう力を注がないなのなら、クリエティブギアではなく、高価なデスクトップアクセサリー・デスクトップインテリアを追求してください。

 仕事のできるクリエターは、クリエティブの仕事の本質が見えているクリエイターは、だんだんMacから離れていきますよ、たぶん。そして、この部分はたぶんもうどうでもいいのではないですか?

 SWFの扱い方もおかしい。なぜ、それほどFLASHと距離を置くのか?アップルとは言え、ただの企業だから「売り」が時代と共に変化するのは必然としてもMACはクリエイターのギアではなかったのか・・・。昔、MACを使い始めた頃のステイタス感はもうどこにも感じられない。

タカイモノ。

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 ミアゲルテットウ。タカイモノ、ナントナクヒカレマスネ・・・。

穏やかな春の琵琶湖。

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 気温も14度。穏やかな曇りの琵琶湖。湖面を吹く風も暖かったですね。

映画「SAW6」のパターン。

 なかなか最近映画のシリーズで6まで進むケースは少ないと思います。そんな中、映画「SAW」のシリーズ展開が止まらない。ジグソウの展開が止まらない。SAWというゲームの展開が止まらない。いつものことながらパターン的に冒頭の数分が強烈であり、それで一息もつかせず最後までジグソウの鉄槌は止まらない。裁かれる!?対象が本当に悪なのか?この映画の中の狂気が善なのか?もう、このパターンになると分からなくなる。つまりそれほどのソリッドシチュエイションだということ。たぶん、この展開は「羊たち~」や「SEVEN」あたりから映画で描かれているように思っているのですが、実はもっと根がは深いだろう。もう、完全悪と戦う完全ヒーローは幻想だと誰もが気がついている。そのパターンでは心が躍らないと創り手が判断したのがたぶんその頃なのだろう。

 で、SAW6の展開はこのブログで記述することはできないが、なんとも古い動物園らしきセットがリアリティーがありディテールが見事だった。何の悪いこともしていないのに動物園の檻の中の動物が今更ながら可哀想だと思える瞬間があった。地球上で人間はやはり悪役なのだろうか・・・。

2014年4月までか・・・。

 知らなかった・・・、XPのOSサポートは2014年4月で終了するのか・・・。あと4年。まぁ、それまでには7(セブン)に移行できていると思いますが、ここまで安定したOSはユーザー的には非常に嬉しいことですが、販売サイド的には活性化されないからNGなんでしょうね。これも時代の移り変わりとして受け入れなければいけないことなんでしょう。永久に使えるPCやOSが市場に飽和したら旨味がないですものね・・・。

 デザインやWEBの仕事も同じ。なんとか半永久的に落ち着かせたいと考えた段階でそれはNGなんでしょう。常に新しい展開を準備しているぐらいがちょうどいい。しかし、サイクルのスピードアップに、技術や環境の変化の激しさに追随できない=ドロップアウトを意味しますから、この仕事もどこか体力・持久力勝負のところがあります。常にブレインワークであるような、常にチカラワザのような・・・。

進化する立体(3D)映像。

 どうやら2010年は3D映像元年になりそうな予感がします。様々なジャンルで3Dがキーワードになっているように感じます。テレビ、携帯端末、インターネットなどなど。勿論、グラフィックの世界でも3Dは必須アイテムになりつつあり、その仕組みや技術についても次から次へと新しいアプローチが展開されいき市場の反応を伺っているような構図。そこで市場は本当に3Dを望んでいるのかという疑問が湧き上がりますが、これは大きな潮流としてもうどうにもできな流れ。映像を立体的に見せるという技術の進化がさらに加速している感じ。それがエンタメのジャンルを飛び越えて家電や医療や会議システムなどのビジネスシーンを席巻するだろう・・・と。

 で、そのコンンテンツを受ける側としてはそのムーブメントをどのように受け止めればいいのか。「おおっ~!」「スゲッ!」と驚いているだけでいいのか。まぁ、3Dの映画館などは一番分かりやすいテイですが、その技術だけを捉えてもそれほど感動率は低く、やはり、そもそものコンテンツのアイディアや企画内容がしょぼいと「飛び出してるけど何か?」みたいなことになるようにも思える。

 医療の現場でどう3Dがマッチングするのかは医療のことがよく分からないのでチンプンカンプンですが、病床の早期発見と治療方法の検討に活用されたりということなのでしょう。

 街中に3Dの看板が現れ、昔観たSFの映画ような世界がもうすぐ訪れるのでしょう。それがまっとうに描いた未来像なら人間は正しい道を歩んでいるということになるが、それで根本のリアリティーの質が上がるわけでもないだろうし、冷静に天邪鬼に捉えると、まだ、観てはいませんが、たぶん、映画「アバター」を観たような感覚になるのだろうと想像しています。観たこともない映像がいつしか慣れて3Dが当たり前になった時、ヒトの欲は何を求めるのだろう・・・。ただ、その時代の表現技術を楽しめていればただそれだけでいいのだろうか。

何を見ているの?

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 最近はコンパクトカメラをいつも車の中に置いているので、こんなワンショットも気軽に撮れます。ほんとコンパクトカメラの機動力は凄い。で、お前は今何を見ているの???

パンチの効いた奴。

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 名古屋の水族館にいた奴らしい。う~ん、なんともパンチの効いた奴だ。こんなタイプのおばはんがよくモールを回遊している。つまり、おばはんにとってショップモールは水族館!?

龍馬脳のススメか・・・。

 しかし、茂木さんも節操がないのでは・・・?なんでもかんでものっかればいいってものじゃないでしょう。それもそういう時代だから仕方ないのか、それとも時代のニーズをキャッチするということは実は表面的にはこういうことなのかもしれない。確かに龍馬は注目しているが、実際、龍馬についてはあまり興味がないし、日本の歴史についても個人的にはあまり興味がない。だから、龍馬とか、大河ドラマのどうのこうのについては倍数のひとつ。

 で、人生が驚くほど変わる~というキャッチコピーはいかなものか。つまりこの書籍は少なくとも人生を驚くほど変えたいと思っている人に読んでほしいという構図があり、そのニーズはいったいどれぐらいが相場なのだろう?男からも女からも愛され大事を成し遂げる「龍馬的思考術」を気鋭の脳科学者がよみ解く渾身の一冊!とあるが、そんなに自由自在でいいのか?脳についてそんなに多面的に語り初めて最後はちゃんと落ちるのだろうか?別に漫才でもコントでもないからオトス必要はないだろうが、ちゃんと起承転結的に1,260円の価値があるのだろうか?会社にしがみつくな!肩書きに頼るな!って人生を驚くほど変えたいと思っている人には無理でしょう。

 個人的な見解としては、「人生など驚くほど変わるの自然。」と捉えているので、まず、このテイの書籍は買わないだろう。別に茂木さんがどうのというわけではなく。

どこかで・・・。

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 どこかでこんな写真が撮れないだろうか・・・。

春なので・・・。

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 気分一新。春なので新しいPCやモニターやデスクなどを買い揃えつつも模様替え。でも、客観的に整理できているとは言い難い・・・。

SAMSUNG22WIDE DISPLAY

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 なかなかデカイ。1920px by 1200pxは強烈である。これまであまり大きいサイズのモニターはマウスのストロークが複数になるのが嫌だったので敬遠していたのですが、flashやエフェクツやshadeを使っている時、操作パネルが多い時にその小画面の配置に困った感じがあったあたりからやはり3:4では小さいと感じ、そこからいろいろ物色・リサーチしていたら、たまたまの出会いがあり、こちらを購入。モニターだけの今回は購入だったので、あとは、ワークステーションクラスのWINをこれにマッチさせる予定です。スペック的には「インテル(R)Xeon(R)プロセッサーW3540(8MB L3キャッシュ、2.93Ghz、4.8GT/s)となり、手が届く範囲内としてはかなり上位クラス。メモリはとりあえず3BG、ハードは500GBで走ってみようかなと思っております。OSはXP-PRO SP3です。たぶん、35~40クラスのMAC-PROよりも早いプラットフォームで、しかも、MACほどメンドクサクないスマートなクリエティブ環境が整うと想定しています。価格的にもたぶん17ぐらいでしょう。iMacも検討したのですが、やはり、微弱すぎる。DTPだけならそれで十分でしょうけれど、WEB/MOVIE/3DCG/プログラム関連を同じプラットフォームで走らせようとするなら、これが今のところベターと判断しています。

 さて、これで、どれぐらの体感レスポンスがあるのか、楽しみ楽しみ。

人間らしさに切り込む。

 その書籍は「ヒトは特別だろうか?」と問いかけている。一見安易なこのアプローチながらも実は奥がかなり・・・。そう感じた。著者マイケル・S・ガザニガを検索すると「人間のユニークさを明かす科学の最前線: マイケル・S. ガザニガ, Michael S. Gazzaniga,著者:マイケル・S・ガザニガカリフォルニア大学サンタバーバラ校の心理学教授、認知神経科学学会会長、アメリカ芸術科学アカデミー会員~。 著者のマイケル・S. ガザニガは長年、分離脳などを研究してきた認知神経科学の研究者で、この本はそのガザニガが2001年に大統領生命倫理評議会のメンバーに選ばれたことをきっかけに、様々な倫理的問題を自らの専門である脳神経学の立場から語ったもの~。」と出てくる。非常に興味深い。紙面の批評では「奇跡的に特異な生物ヒトの意味」とし、その校正は、遺伝子や細胞、脳領域、身体などの構造的差異の話題から始まり、しだいに、社会性や道徳観、宗教、芸術、心身連関、意識へと外挿してゆく。そして、最終章には、機械の体や知的ロボットなどの近未来の話題に至る。記憶障害を回復する海馬チップの話題さえ飛び出すとのこと。しかし、いたずらに妄想を走らせたり、好奇心を煽ったりはしていない。論調はあくまでも実験データに基づいた冷静なものだ。そうだ。

 著者の気合が入りすぎているせいか、あるいは翻訳のせいかはわからないが、読みやすい本とは必ずしも~、しかし、読む価値はあると。奇跡の特異点たるヒトの深厚な意味を知れば、誰でもしばし呆然とするだろう。そして、ヒトに生まれたことを心から感謝するはずだ。とこの批評は絞めている。

 そうかそうか、そこまで書くか。この批評家の意味はさて置き、しかるべき紙面にここまで記述させるにはこの批評家にのポテンシャルとその読破感は少なくともここに並べられている言葉通り前後には価値がありそうである。ガザニガを知らないからここまで新鮮なドキドキがあるのかもしれない。

 しかし、さて、この書籍は買いなのか?世の中、どうやら、いよいよ、iPadで騒がしいが、ヒトとしてまだこの著書をデジタル画面で出会う気はない。人間らしさ・・・、Uuuuh、深いテーマである。

ニューデスク到着。

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 仕事場もどんどんいろいろなモノが増える増える。仕事を続けている以上、ソフト・パソコン・周辺機器はまず減ることはない。新しいパソコン(dell)が2台、もうすぐ到着するので準備準備。モニターは別ルートで購入しました。これがなかなかのgreatな奴で、22インチのワイド。カラーマネージメント機能も非常にgood。本日夕方ヒキトリ。必然とは言え、仕事場に新しい機器や設備が増えると、無意味にウキウキしてテンションが上がりますね。

技術→?→成果物。

 いろいろなところからいろいろなタイプのメルマガやDMが到着します。その中には非常に練り上げられた営業販売促進ツールもあれば、これはちょっと時代遅れ・・・みたいなアプローチもある。しかし、その場合も古い新しいとかの基準ではなく、その企業や情報の発信サイドのポテンシャルで言えば、広い視野でコンセプトワークを展開しているビジネスモデルはさすがいい部分を的確に捉えているし、成果物のバリエーションについても「時代にマッチしている。」とか「この素材をここまで料理・アレンジするのか!」という舌を巻く成果物もある。

 また、人材派遣系の企業様から到着するアナウンスの場合、やはり、多くの人材がウチは登録されているのでどんな相談にも的確なアドバイスを差し上げますというアプローチや、相談いただいた方からはこんなに素晴らしい喜びの声が到着しています的なレビューを誇示して、どうですか?的なアプローチが多い。でも、とは言え、そういうアプローチにこれまで何かのレスを返したことがあるかとなると、まず、このアプローチではアクションに繋がっていない。これは自分だけのことだろうか?このテイで、今こんな問題を抱えているのでちょっと相談に・・・となるのだろうか?その感触にどうもリアリティーがない。つまり、同じことを自社のWEBサイトや販売促進ツールに展開しても「烏合の衆」でF.O.なんじゃないと考えてしまいます。でも、何かコミュニケーションしようとする場合に何かのネタをカタチにする必要があるわけで、それがサンプル提示なのか、熱意なのか、金看板なのか?なのである。

 で、思うに「技術」を誇示されても相談のジャンルにマッチしない場合はアクションは起こらないし、いくら素晴らしい事例やサンプルを見せられても、弊社の何とどう連動できるかをマッチさせることができなければそれはただの「自慢話」の延長上。

 ならば、情報の海に今も昔もこれからも何が必要か?となると、これも抽象的な表現になりますが、その間にあるsomethingではないだろうか?ただ、オンラインでそこをどう表現するかがキモであり、それは千差万別だからフレーム化することが難しい。このsomethingに深く関係しているのはそれに関わるその人の何かだからである。デザインなら考え方であったり、イラストレーターなら描き方であったり、音楽家なら歌い方、WEBデザイナーならアレンジのスパイス。が、これは言わば企業秘密下にあるとも言えるのでこれを露呈していまうと何の保証もないからなかなかそれを出さないからなのか、出せないからなのか・・・。自分自身そのことをずっとこの世界に入って考えているが、それって、そうそう大げさなモノでもなければ、バイブルがあるわけでもないと思います。さて、クリエイターの皆さん、その部分どうでしょう?

ヒルクライム@リサイタル

 ジャンルはHipHopになるのでしょう、なんとなく気になりCDをレンタル。うん、やっぱいい。このタイプの音楽で言うと海外の有名どころはいろいろ聞くのですが、日本でとなると・・・。どうも機能重視というかスタイルありきで楽しくXXXXノリで行きましょう系やなんかカリスマぷんぷんのオーラ系が目立ちこれと言ってチョイスするアーティストは少なく、たまにこういう方が出てこられると、ああ、日本語っていいなぁ~と思うのです。描く世界もいいし、何よりボーカルの方の声がいい。音楽っていろいろな判断材料があると思うのですが、歌詞の世界観やルーツやスキルクラスや。でも、最後の最後でよく聞くアーティストの傾向としては声の質というか声のタイプでチョイスしているようなパターンがあります。ヒットしているしていない、売れている売れていない、カリスマかカリスマでないかなどは2の次。そのアーティストの声の質と音楽性が魅力的であればやはりいつもどこで聞きたい音楽という構図。という意味で、ヒルクライムさんのアルバム「リサイタル」は良かったですね。

目の前に猿。

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 配達中、突然目の前に猿が数匹。そのあとを石を投げながら追いかけるおやじ独り。う~ん、春のなんとも穏やかなワンシーンでした。さてさて、猿のファミリーは何かいいものをゲットしたのだろうか?

SNSの在り方。

 SNSについてmixiをはじめとする成功例がイメージ先行しているような気がする。本来mixiの関係者はここまでのヒートアップを想定していただろうか?というぐらいの浸透率をはじき出している。最近ではテレビCMも作っているから、もう、WEB発信のツールがメディアを塗る変えている構図が一番分かりやすい印象的な出来事でした。私もこのブログをスタートする前にあるクリエイター仲間から、グイグイと進められてmixiに招待してもらった。それきっかけで確かにWEB上のネットワークへのアプローチが数段高く深くなったと振り返ることが多い。あの時、彼に進められなかったらたぶん今でもSNSって???状態であったことは否めない。つまり、これを必然とすると、そういうことなのである。

 ここにSNSの定義がある。「SNSの定義は人それぞれ。どのSNSでも、フレンドリストやマイページ、プロフィールがあるということは共通していますが、招待制であるということ、足跡機能がついていること、日記が書けることなどの要素がSNSには必要だという人がいます。SNSと言えば大手のエンターテイメント型のコミュニケーションサイトを指すことが多いようです。しかし、SNS先進国の欧米では、学生専用のSNS、ビジネスや転職を目的としたSNSも登場しており、日本よりも広い概念としてSNSは認知されているようです。物事の定義はシンプルな方が良いと思われ、SNSをこのように定義してみました。「社会的なつながりを目的とするWEBサービス」と。それをWEBを活用して表現することがSNSの本質であると・・・。」となっております。うん、確かに構造を分解するとこの定義はとても納得。しかし、そこからスタートしたSNSがかなり先入観や思い込みで先行している部分も存在しています。

 PCのアプリやWEB上のツールは発展途上では「機能重視」だったのが、それが安定期になると、人間関係の構図やそれに関わる人のポテンシャルがその繋がりの広さや高さや深さに深く関連し始める。そこで、フレームはできたがコンテンツが不在の空洞化現状が起こり、いつしか、ハード先行の情報化社会になっている感じが否めない。やはり、何事も本末転倒は避けなければいけないということ。

 で、人はどうなった?それを活用して、進化進化と騒いでいるが本当に歩を進めているのか?勿論、自分自身にもその投げかけは常に意識しているが、明確な石を投げて湖面に広がる波のようなリアリティーはない。人の五感は質量のないディテールが感じられない存在には最後の最後で反応していないような・・・。これは、WEBを仕事にする、デザインをクリエティブを仕事にする人間にしてみればとても深刻なテーマである。表現と本質のバランス。全てはここに起源が存在するように思います。イグアナが食物を求めて海に潜ったように・・・。

教育という「ゆとり」。

 いつもあそこの人間達はステレオタイプに上手いことタブーを回避しているなぁ~レベルで「ゆとり教育」をずっと捉えていましたが、どうやら、それも緩衝剤が必要だったらしい。算数や理科の教科書が30%割増になるらしい。何が30%増えたのか?何がいったい30%足りなかったのか?たぶん「ゆとり教育」を発想し構想し決断したその人自身の中の教育に対する何かと同じ質量分なのだろう。

 そもそも発想の問題で、「ゆとり」とは「教育」をしっかりと受けたのちに訪れる各個人のこころの在り方だろうと思っていたのですが、どうやら、少しずつ解凍が始まったらしい。それに「ゆとり」が本当に必要だったのかという議論はさて置き、「ゆとり」の定義についてもまぁこの際どうでもよくって、「ゆとり」でも「ニトリ」でも「悟り」でもいいし、30%アップでも30%ダウンでもどちらでも時間とコストとそこそこの知識もあるのだから、好きにそれらを使えばいいが、最後の最後で、「教育」はそれを受ける個人のためのもの。決して国のために皆は自分の人生の大切な時間を費やして教育を受けよう、向学心を持って、新しい知識・経験・思考を手に入れようとしているのではないということ。いつまで国が幅を利かせているのだろう?もう、今更、日出ズル本の国ではないだろうに・・・。それほ三種の神器のマリオネットが心地いいのだろうか???

新生活に欠かせない16のアプリ!?

 ソフトバンクも強引である。いくら素晴らしいアプリであろうが、このキャッチコピー案にOKを出したとは・・・。「新生活に欠かせない、16の必須アプリケーション。」って、アプリケーションがまずなぜ必須なのかを棚に上げ、欠かせないって・・・。

 また、別のメルマガにはこうある。「今日の企業にとってWebアプリケーションの性能を最適化し利用者の満足度を高いレベルで維持することはきわめて重大なテーマです。特にオンラインビジネスの世界では、Webアプリケーションの性能に対する顧客満足度が、ビジネスの成否に直結すると言っても過言ではありません。」何が過言なのか、何を指して過言と言い切ってしまうのか?まず、そこの大きな疑問から思考が先に踏み込めない。

 なんでもかんでもWebアプリケーションが全て?もう、こんな疑問さえどうでもいい感じなのに、実は。それを新聞の全15段でカラーでやってしまうと、それは既成事実から紐解くしかアプローチが見えない。これからの新生活は当然こうあるべきですよ!だから、この16のアプリが必要不可欠って言っているわけだから、よくよく考えれば恐ろしい論法である。

 それなら、まだ、「サバ」や「眉毛」の方がヒューマンタッチでユーモアがあり、頭にしっかり残るって話。ソフトバンクは何を焦っているのだろう・・・?

「openPNE」という取り組み。

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 そうかそうか、こんなのがあったのか!いろいろ一生懸命リサーチしているようで、こんな素敵な情報はずっと視野の外だったとは・・・。ちょっとショックです。やはり、いつもアンテナを研磨しなければいけないですね。ちょっと安泰モードになっているうちに世の中ではいろいろなことが驚くべきスピードで突き進んでいるのですね。う~ん、かなりショックでした。「先入観」や「思い込み」のフレームって怖い。

 で、「はじめに」の部分にはこう記載されています。「OpenPNEは、SNSを実現するためのプログラムです。PHPとMysqlで動作し、オープンソース方式で開発されています。多くのレンタルサーバで動くように作られており、オープンソースなので無償で使えることから、簡単に仲間と楽しめるコミュニティ空間を作ることができます。~中略~ 普通、SNSと言えばmixiやGREEなどの大型のサイトを想像するかもしれませんが、どうしてこれだけの数のSNSがそれぞれ共存し、成長を続けているのでしょうか?本書ではまず、その理由も含めて、SNSとOpenPNEそれぞれの特徴について理解していただきます。SNSやOpenPNEの特質を十分に理解できれば、魅力的なSNSを立ち上げ、運営できるようになることはそんなに難しいことではありません。本書がその一助になれば幸いです。」となっている。

 とは言え、「簡単に~」と「難しいことではありません。」の部分についてはやはり相当の知識と企画力が必要でることは当然であり、いくら無償だとは言え、SNSに興味があり、そのテイのWEBサイトを起動したいとなった方でも100人が100人ともこのソースを活用できるにはならない。それは、なんでもそうですが、「1週間であなたもFLASHの達人!」みたいなテイの書籍と同じ。ポテンシャルを無視して1週間で何がどうなるかは、その書籍を手にした方次第なのである。これは責任・無責任の問題ではなく、情報の捉え方のお話。

 ただ、このソースの情報を現在の段階で入手できてアウトラインを理解できたことは非常に意義がありました。人もそうですが、情報も一期一会ですね。さてさて、早速、アクトのWEBサイトのリニューアルコンテンツとしてテスト設置してみます。公開後はこのブログでアナウンスさせていただきます。100人ぐらいの登録者が集まれば大成功でしょうね。頑張ろう・・・。

映画「2012」。

 昨晩、映画「2012」をDVDで観た。シーンは圧巻ですが、何でしょう、後味が薄い。これってかなりアルマゲドンなアポカリプトなお話なのに、それに、あれだけ都市が崩れ、山地からマグマが噴火しているのになんとなく仮想のお話という距離感を凄く感じさせられてしまうというか、そのシーンの素晴らしさを評価するスタンスが強くなりすぎて、地球が崩壊する、ノアの箱舟で避難する、全人類皆兄弟です的なメッセージの部分がどうも遠く感じてしまった。そして、大統領が非難しないテイも残された国民に対する愛情を示しているのは分かるが、それでは避難するサイドに選ばれた方たちの立場が・・・となる。確かに迫力のシーンの連続でしたが、物語的な盛り上がりが少し残念でした。

 結果、このタイプの映画は親子間の愛情のお話が軸なので地球と人類というテーマで何かひとつのメッセージに仕上げることの難しさばかりが目立ってしまって、もっと、マヤ文明の下りや、回避するための手法の部分や、コアがなぜフレアというかニュートリノで沸騰するのかという科学的な部分を描いてほしかった。それに昨今の地球環境の問題についてはノータッチだったような印象も、なんとなくしっくりこなかった部分かもしれません。人々が逃げ惑っているのに、キリンや象がヘリで輸送されるシーンはなんとも切なかったですね。