星印のランキング。

 昔からでしょうが、レストランやホテルに存在する例の「星印のランキング」の真価について。鵜呑みするのは簡単ですが、なぜ、星がひとつなのか?なぜ星が5つなのか?その背景を充分に理解していないのに意外に人はそれらを鵜呑みにしている。いくら権威のある星印ランキングでも結果誰かの匙加減ひとつ。それに真価が感じられなければ星がいくつなどとまったく言語道断。

 地位と名声のある権威がそれを判断して星をいくつかなんて言って「ほほぉ~!」となる感じがなんとも緩い。しかし、世の中には星印のランキングがかなり大手を振って歩いている。書籍や映画や音楽CDもそうである。これって誰が決めているのか?をそこそこスルーして「ああ、これは星が4.5だからかなりいい映画なんだろう・・・」とか、「これは前評判が高ったが結果星がひとつか・・・残念。」って感じでそれでかなり一喜一憂している不思議。

 これと同じテイで、「公認」「検定」「公式」という言葉もかなり大きな顔をして世の中を横行している。これは単にそれらの資格を一切持たない人間のヒガミ&ネタミなのかもしれないですが、その真価もさほど何かのベクトルを追求する時に有効だとは思えない。もっと言うと、「肩書き」も同じ。そして、I・S・Oも同じ。アベレージを勝手に設定して上か下かなどと何の意味がある?まぁ、義務教育についての考え方についてはまたいずれ多くの思うことを書き出すとして、それらは教育を受けている段階では有効なひとつの大きな指針だと思うが、社会に出るということは様々な価値観があり様々なゴールが存在するわけですから、アベレージをどこに設定するかさえもクリエティブの対象のように感じます。

 で、なんでその基準を「星」に例えるのか?この場合「星」は何のシンボルなんだろう???