ペーパーレス環境の実現。

 あるメルマガより抜粋。「ビジネスの分野では、PDFやオフィスアプリケーションのデータをプリントして、紙の状態で自分の承認印を捺印するといった作業をすることが今でも一般的だ。しかし、最近は経費削減やエコの観点からプリントの量を減らすよう、いい渡されている人/部門も多いだろう。こんなとき、Macなら手軽にペーパーレス環境を実現できるのだ。」とあります。しかし、何もペーパーレスは最近のお話ではないものの、いよいよ、次のステージにステップアップするような感覚でしょうか。クラウドや電子ブックが加速するとさらにデジタルデバイスが浸透しひとりひとりが情報の受発信や整理やアーカイブにデジタルデバイスを活用し、ペーパーレスの意識がセカンドステージを迎えるような。

 で、メディアとしての紙の価値が減少しながら、別の本来の質感や存在感など部分で逸品であることやオンリーワンの紙のクリエイトが価値を新たに創出し始める。そのフィールドに何を投げるかの厳選がさらに加速する。いわば本質的なコンテンツ時代にブラッシュアップされていくような。ペーパーレスと言えば印刷業がその一番のあおりを受ける部分になります。新聞の価値や雑誌の価値、書籍の価値が新たな局面を迎えているように印刷するというアクションさえもコンテンツ思考になる。オリコミチラシ文化が淘汰されるとは思いにくいが、それもデジタル携帯デバイスがさらに加速し浸透すれば、オリコミチラシのリアリティーは減少するだろうし、DMも同じ。情報を受ける側がデジタルであれば、紙の情報の汎用性自体も減少する。「いやいや、まだまだ、そんな時代はずっと先でしょう・・・」ってあぐらをかいていると、実はもう次の瞬間からその波が来ていることに気がつかず、一揆に津波のようにその文化が押し寄せて来た時に、ガツンと踏ん張れないってことになる。常にこの動向は自分自身の射程圏内に入れて全てを考察する必要があるでしょう。

 ただ、優れた紙の文化やアートやメディアはやはりそんな時代にも残る。「ザ・ウォーカー」など映画の世界観は極端な考察として、そんな時代も予感できそうなペーパーレスの勢いを感じます。