殺人の時効を廃止。

 罪を憎んで人を憎まずの真意は不明ですが、遺族にしてみればこのテイは当然。法律は人権を保護するという前提で覚醒してきた文脈ならば、時効を設立した人とそれを廃止しようとする人の間に何があったのか?時代の流れ?凶悪犯罪がはびこってきたから?生命の価値が昔と現代では何か変わってきたのか?そもそも、その法律の源泉は何だったのか?などなど、このニュースにはツッコミどころ満載である。国家の権威がこうもぶれているってことはやはり人の意識は時代と共に変異するということ。常にその変異が進化とは限らないとして殺人の罪が時効と共に0になるという発想はどこの何の発想なのだろう。痛ましい事件がテレビや新聞で報じるたびに然るべき機関の人達はそれを法律で裁いているが、昨今の陪審員制度も何かベースになるシナリオがあるはず。そしてそれを構築した国の文化や慣習や歴史背景があるはず。そことしっかりリンクし整合性が整っていればいいが、そもそも「裁き」とは何ぞやという根幹を紐解く必要もある。

 で、時効を待っている人が今現在、どこかで日常生活をしていると思うと複雑すぎる世の中の闇と光に震えが止まらないですね。