楽曲からの映像イメージ。

 やはり、映像を撮影したりPCで創り始めてからの変化ですが、例えばグラフィックデザインでもWEBサイトでも静止画のデザインだけに取り組んでいた時の思考パターンとFLASHやA.E.などで映像を発想・着想して作成するようになってからでは、明らかに絵や写真や音楽や、もちろん、映像作品のを観た時に頭に残る・浮かぶ・記憶しているポイントが異なる。デザインやイラストの仕事をする前の学生の頃もそうですが、美術の時間に絵を描いているレベルと芸大で四六時中絵のことを考えているレベルでは明らかに画面に向かっている時のテンションの密度が異なる。それはそういう環境に条件下に自分自身を置くことで、何かスイッチが入るのでしょう。そして、こればかりは頭で考えてても何も始まらない。空想・夢想はあくまでも幻想である。一本で線を描く、ひと筆でも絵の具をのせてこそ、スイッチが入る。

 で、動画・映像のイメージが頭に浮かぶという感覚についてですが、一番最初に(たぶん、10年前ぐらい?)FLASH3.0を買って動画を作った時、単純に円が左から右に動くチュートリアルをした時、初めて時間の感覚とデザインの感覚が自分の手の中で実感できた。これはある種の出会いだった。すると、気になるイメージや場面転換や映像の切れ目が見えてくる。それまで何気に見ていたモノにそのコンテンツの創り手の顔が見えてくる。絵やデザインも同じで創り手の顔が人が見えてくると、その作品は自分にとって特別の存在になり、記憶の箱に入れられいつでも忘れることなくフラッシュバックしてくれる。これが、いわばデザインやWEBや映像の仕事をする時の最大の最高の武器になる。

 その場合、理論や方法論は非常に重要ではあるが、この引き出しほど目の前の取り組みに対して有効に機能はしない。結果、共有させるのは作品で方法論ではないからである。作品に何かを入れる、入る実感を一度でも体験し、それが、誰かと共鳴でき、そこからのフィードバックが心地いいと感じた人は絶対にクリエティブの仕事はやめられないたまらない状態だろう。ドラッグのように次へ次へとトルクが上がる。しかし、上がることが最終的に注ぐことへ対しての「=」にはならない。これがもどかしくもあり、高揚するクリエティブの魅力ですね。

 そこで、あるアーティストの方の作品から映像イメージが次から次へと浮かぶ感覚があり、ひとつひとつ絵コンテにして書きためています。これがオートマチックに自分のマニュアルが使いこなせた方がたぶん映像分野では多くの共感を得てスタイルとして確立されているのではと思ったりします。

 「24時間迷子になる365日 ごちゃ混ぜになる夢とリアルがわかんない 髪を乱し息を切らしなりふり構わず 夜と昼の隙間から抜け出したい(いいくぼかおり:眠れぬ夜のシンフォニー歌詞より抜粋~)」これをさおりさんの声とピアノで何回も何回も聞いていると、鼓動が高まり、意識の中で時間の軸が乱される。そして、今、目に映っている映像のひとこまひとこまが妙に新鮮に映ってきます。それを加工できたら、映像作品として切り取れたらなどと、楽曲からの映像イメージってこういう感覚なのかなと強く感じております。やっぱ、凄いわ、さおりさん。