デジタル&アナログ。

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 双方のアプローチがひとつのルーティーンになればデベロッパーの意図はくみ取れるのだろうか。デザインノートの今回のテーマは非常に面白い。編集者の方たちの意図するところがとてもよく理解できる。この中にカンプライターという言葉が登場するのですが、これはもう死語だと思っていた。20年以上前この仕事につきたいと考えた時に、自分にできることとデザイン業界との接点が「デッサン力・描画力」しかないだろうと判断していたからである。絵を描くことは自信があったが、その他のデザイン力ということはまったく経験値として欠落していたからである。

 クライアント様やデレクターの意図するイメージをイラスト表現であれ写真表現であれ、カンプに落とし込みプレゼンテーションに適用するというあれ。たぶん、DTPの潮流が始まって以来、この言葉は死語になったと思っていた。が、このマガジンの中のクリエイターの皆様のコメントには「手描き」ということの意義や価値が今も脈々と流れていると語っている。そうだったのか・・・という実感である。PCとソフトウエアで作るカンプのクオリティーは高くて当然、しかし、企画やクリエイターのアイディアやセンスなど体温や皮膚感覚の部分が注入できないジレンマが確かに存在するということ。で、手描きのアプローチを割愛してダイレクトでソフトウエアで思考する若い世代のデザインに何か物足りなさを感じ、そのひとつがエネルギーが定着していないことに気がつくとしている。まさに!である。

 一方、ジョブスの意向は非常に明確である。M.S.との摩擦もあるだろうが、アップルは今の時代、何をすべきかロジックではなく、皮膚感覚で感じとっているようです。結果がズバリ「iPad」なのだと言及している。¥48,800のあのデバイスが今後どのような場面でそれぞれのビジネスシーンで情報革命を展開・浸透・波及させるのか・・・。もう、このうねりは止まらないだろう。

 情報の本質や人間が五感で感じる何かは普遍であるとして、仕組みを何故変えなければいけないのかという理由に注視するよりも、変わっていく仕組みをどう自分のモノにするかを考えるベクトルも必要だということだろう。食糧が地上になくなり海中に食糧を求めダイブしたイグアナのように、いつか誰もが海中にある藻をついばむことが普通になるのだろう。指の間にヒレが出現し海流に流されぬよう指の爪が大きくなったように人もそう変化しなければいけない時代なのかもしれない。それを安直に進化と呼ぶのは簡単ですが、進化の順番は誰か個人の思考から生まれその個人が決めたことでもある場合と歴史の潮流の中で必然であると捉える説、そして、他にも数多の理由づけがあるだろう。しかし、最も大切なことは「今」が自分自身にとってどんな状況なのかを頭と身体で学習し対応する必要があるということ。デジタルやアナログというアプローチの差異はこの場合、2・3次的な存在なのかもしれない。