一旦電気抜きの思考。

 もう、電気を使わないデバイスでの仕事が一見成立不可能のように思えるが、実は決してそうではない。例えばiPadの中に潜むトラップをまだ実体験として得ていない段階ですが、この場合策士は完全に策におぼれてもいいと考えているように思える。ただの仮設ですが、策士自身が溺れるほどの策でなければ、そう錯覚できるようなモノでなければ時代は牽引できないということにも連動するのでしょう。と、テレビでiPadのニュースを見ながら考えていると、また別のテレビで面白いコメントがあった。それは、現代のインターネット技術は従来のアナログから利便性や機動力をベースに新しい価値を新しいエクスペリエンスを創出しようとデベロップされたのがそれ。しかし、iPadは逆であると。そんな情勢からそんな市場の信号を受けてデベロップされた、つまり、市場が変わったことで生まれた第2世代のアナログとデジタルのハーフなんだと。おおっ!そこまでの洞察は素晴らしい。IT時代の二世と言わしめるこのデバイスの魅力はもう想定不可である。が、確実にこの反応に対して傍観者も増えている。必然・偶然を問わずそうならざるえなかったニーズ。それを思考のガラパゴス化と呼ぶらしい。でも、誰かがそれを進化するために必要な環境だと捉え実際その島でどのようなことが起こりうるのかもしっかりとこの時代の現実として記憶しておく必要がありそう。

 で、一旦、思考をリセットするために「リセットしまぁ~す!」と宣言すれば・・・ということでもなさげであり、リセットがリセットでなくなる場合もあり、人間はどこまでも合理的でしかも飽きやすい本質を持っているから、どこのラインがリセットなのかこれも多様性で定義や定説に分解するこは難しい。

 そこで、ひとつの提言として「電気抜きの思考」という手法がいろいろな場面で採用されているらしい。それは、PCやケイタイや各種電気機器デバイスを使用・活用しない作業から思考をリセットしようという試みらしい。例えば音楽を使って気持ちを整え音楽を使って精神をいい状態にする。その思考から生まれる何かを再確認しそれぞれが抱えているモヤモヤにメスを入れましょうという試みは存在する。のように、もっと反現代的な逆行アプローチとして、電気のメリットを一旦、その場に置き、思考のディテールを確認し合いましょう!的なコミュニケーションがITのチカラを正しく見える状態にするプロセスでありアプローチのような気がします。電気機器のスイッチを入れるまでに用意しなければいけない何か?誰でも簡単にスイッチを入れて便利と効率を手にしているが、そのアプローチは底なしの青天井。だから、お金のためにお金を稼ぐ、情報を得るために情報に振り回される、今、心が感じていることすら何のためでどこへそのベクトルを向かわせるのか不明なまま走ってしまうのだろう。時に歩を止める。その場所の風景を記憶に心にとどめさせるために、いったん、便利なスイッチをオフにしましょうということなのでしょうね。

 誰かをツイートしても、コメントがあふれてても、現在、今、どこに立っているのか不明なのに、目標設定もゴールも見えるはずがない。