なんとなく、やっと、A.S.3.0

 ようやくA.S.3.0の応用段階が見えてきました。2.0に親しみ過ぎたせいか、3.0に頭を切り替えるのが意外とやっかいでした。つまり、一回慣れてしまったスタイルから新しいスタイルに切り替えるってほんとにエネルギーが必要です。まず、とにかく知りたい活用したいと思った書籍を読み、出てくる言葉や著者が言っていることの実態を10%も理解できていなくても読む。とにかく読む。到底初めて知る技術やソフツウエアのことだから理解できないのは当然。そして、また、別の書籍を読む。するとそこに前読んだ書籍の中と同じ言葉が出てくる。理解している知識としてある言葉や活用術があったなら、その理解できない言葉と強引に頭の中で連結させて鵜呑みでいいのでシュミレーション。そのまま2冊目も読み終える。この段階でたぶん、記憶している新しい技術の知識がどれだけってことになると10%前後。まぁ、2冊テキスト本を読んでもこの程度。でも、知識はそれだけですが、これまで同じようなソフトウエアや作成術の知識や経験があるから、それの応用と捉えて、これはここの機能の別アプローチなのか、ああ、これは新しい技術だけれど、こんな汎用性があるのだから、やらなければいけない、やってみよう、などと一歩づつ着実にアプローチする。到底、学生の頃のような吸収力はないので、何かがある日格段に頭に吸い込まれるというこはこの年齢になると絶対に起こらないので、自分の会得のスピードは心得ているつもりでいることが結果会得のスピードを上げる。

 すると、次の段階で、たった10%の知識ではあるが、ソフトウエアを起動する。新しいバージョンだから知らない機能があり目新しいインターフェイスに戸惑う。しかし、知識は10%程度でも、下位のバージョンは使っているので、それのバージョンアップなら50%程度ならどこにどの機能があるか?そして、新しい書籍で知った10%の知識はこういうことなのかと使いながら読み終えた書籍の中に登場していた内容と実際のソフトウエアを連動し始める。すると、頭に入っていなかったはずのことが、突然、ソフトを使いながら蘇ってくる瞬間がある。それは、パーツではなく、思考の枝の部分で、その枝が理解・会得したことでその先の枝や葉や花が見えてくる瞬間。つまり、知っていることは、実際に使い何かを作る行動のしおりにしか過ぎないということ。しかし、そこからが書籍の価値が発揮されるプロセスとなる。

 何か作りたいオブジェクトやプログラムやコンテンツをスケッチブックに描き、ソフトウエアを起動する段階で、当然、十分ではない知識で作業が滞る。そこで、傍らに書籍を置きながら2回目のアプローチ。ここから自分の中のソフトウエアの活用術のクオリティーが上がり始める。そして、ひとつのコンテンツが完成した段階でもう一度、書籍のその技術の部分を読む。すると、そのページに書かれていた技術や著者が何故この段階でこの説明をしたのかという部分まで理解することができる。これでひとつの技術が会得できたことになる。しかし、人は忘れるので、たまには復習も大切です。

 で、A.S.3.0もこの流れで取り組み始めて早2年。なんとなく、やっと、その文法の意味や背景が理解できてきました。あとは書籍のTipsを流用・活用・応用しながら自分のモノにしていきたいと思っています。この段階で一旦、お世話になった書籍を見てみると、1/3ページは小さく折られてて、半分ぐらいのページにはメモやアンダーラインが入っている。この状態で書籍自体も自分の大切なバイブルになる。気ままに読む小説ならiPadで代用できるかもしれないが、ここまで使う人のカスタマイズを受け入れられるのだろうか?動画や音楽も魅力的ですが、折り線もメモも他の資料を添付もできない電子ブックが仕事の道具になるのだろうか?いやいや、それも慣れの部分で、それがそうなれば自分のスタイルも変わっていくのだろうか・・・?仕事の書籍は紙であって欲しい。現時点では紙でなければいけない理由があり過ぎる。