伝えたいモノ。

 誰かに何かを伝えたいという気持ちはどこからやってくるのか?という疑問。隣の芝生ではないが、とにかく他人の行動や言動は魅力的に感じるのも何故?よくその手の書籍には人は何かを探究しようと様々な洞察や分析を試みてきたが一番未開拓な「自分自身」の探究方法を知らない。などというフレーズがある。これもまた真実のような気がします。それでも何かを誰かに伝えたいという「伝えるモノ」や「伝え方」や「伝える理由」を確かめるのが実は一番難しいように思えた。我思う、ゆえに我あり。か・・・。デカルトの場合、本当のそれは何だったのだろう?たぶん、不明なままだろう・・・。