それぞれの世代の責任。

 広告・デザイン・印刷業界の歴史を振り返ってみても24年も関わっているわけで、24年しかという捉え方もできるが、「たかが&されど」である。その間、淘汰された分野や技術やフィールドがあり、それぞれに歴史があったはずなのに、もうそれらは歴史そのものになってしまった。細かくその分野に対する想いや感謝の気持ちもあるにはあるが、流石にまだその部分をしっかりと想い起して積年の念に浸る時間はない。次から次へと訪れる変革の波と呼ばれている現実を新しい価値観として受け入れ、適度に消化し考え動き創りづつけなければならないからである。

 では、20代、30代、そして46歳になった40代にこの仕事をできたことでの恩恵は必然だったのか?偶然だったのか?という部分。時代と共に発生した世の中の出来事に対して義務と権利ではないが、しっかりと自分自身は作用し反作用を適用できていたのだろうかと考える。さて、これから、なれたとして50代、60代になった時、どのように誰に関わりどこで何を考えるのだろうか?という思考の道のちょっと傍らにふと腰を下ろしてみると、さて、自分はそんな絶対に対してそれぞれの世代にそれぞれの責任を意識できていただろうか?と考えてしまった。そんなことを考えるようになったのもおっさんモードだからと楽観視できないぐらいに、今、世の中に起こっていることやビジネスシーンで繰り広げられる万象に対して、また、身近にお世話になっている人達に対して、バランスのいい関係は築けているのだろうか?と。

 ひとつ言えば、「絵を描く人」という視点で言えばもっともっと、お世話になった人やコミュニケーションしていただけた人に対して何もできていなかったのではないだろうかと暗鬼が頭を擡げる。最後の瞬間、50:50な気持ちでいるために、少しでもそのモヤモヤを絵にしなければいけないのではと、ふと考えてしまいました。この気持ちにたまたまはないはずだが、それでも、気分的なモノならそれはそれでいいとして、もっともっと、いろいろな気持ちや感情や考えていることを絵にしなければいけないと思います。この衝動は意外と強い。