一つの身体に一つの脳と心臓。

 基本となる母体は一つの身体に一つの脳と心臓(右脳・左脳は便宜上であり、心房心室も同意ではあるが)。つまり、60億の個体がサイバーなコミュニケーションをしているとして(必ずしも60億ではなくたぶん15億ぐらい)、個体と個体が繋がっているということは常に1対1であるはずであり、あるべき。しかし、相対に対して絶対があるように、繋がる末端までにあるハブやルートにもその影響がある。それを歴史と呼ぶもよし科学と呼ぶもよし芸術と呼ぶもよし。つまり最少単位である個体がチェーンのようにつながっているという意識というか概念を持つことが全ての基盤であると仮定するなら、モノゴトが個体単位で発生したと考えることと、いやいや、それは太古の昔から繋がっていると考える相対性こそが何よりの真実となる。まぁ、それを個体が分解して時に名声や地位になり、莫大な資産となり、その永遠のループがスパイラルが今日も地球上のいたるところでトルクを上げたり下げたり。

 と、一見壮大なこの考察も意味や意義を適用するためには工夫がいるわけで、それでも、思考の最小単位を一つの身体からひも解くことは非常に重要な視点だと思う今日この頃なのである。それは、いわゆる情報革命ということに対するある種の「構え」であり「姿勢」だと言える。

 で、これまではどうだったのか?ちょっと本来のルートに比重を置かず仕組みや組織や手法が肥大しすぎマス思考だったことの弊害があったように思えます。定職につかない若者が最高時より200万人減だと言うが、定職の定義もさて・・・、いかなものか。やはり、熱は熱い個体から冷たい個体へ流れるという定理に逆らえないということで。