「本を読む」=「情報を得る」ではない。

 お仕事でのアプローチの場合、WEBサイトからの情報を得るということと、本を読み何かを得るという行為には若干の差異があるように感じる。趣味の本を読む、趣味でWEBサイトを活用するなら、さほどその違いは意識できないのですが、何か仕事に必要なTIPSを会得しようとする際に、昔ながらかもしれないですが、書籍から得た情報とWEBサイトから得た情報ではどうもその浸透率や質量やテイストに違いが生じることに気が付く。それは具体的にどうやねん!ということになるとまだまだ体系化できていないし、ただの思いすごしかもれませんが、どうも何か違う。

 それは書籍を読むというリアリティーとWEBサイトなどのデジタルコンテンツを見るという感覚の「慣れ」の部分の違いだけならいずれ「慣れる」ことを待つでいいだろうが、本当にいつか慣れるのか?便利で効率はいいように思えるがいつまでも慣れないまま、「便利と有益」の啓蒙に押し切られ何か新しいストレスを溜めながら、いつの日かそれが書籍を読んで何か知識や技術を得るという感覚・能力を失わせることになったとしたら、それはかなりレッドカード。癌細胞のように生命を脅かす決定的な存在ではないものの、決定的ではないだけに、恐ろしいような気がします。小さいパンチをボディーにいっぱい喰らっているうちに、持久力や感覚を奪われいつしか戦闘能力も動体視力も失った本体が、電子画面に流れるテキスト・画像・映像を見ても何も会得できず、何も考えることもできなくなる悲劇。情報革命と呼ばれ、今そういうことが起こっているとしたら・・・。

 それらはいつの日か(もうすでにかも)背後霊のように肩の上あたりにいつもいて、右が天使で左が悪魔。双方からささやかれ(ツイッター)たり、判断力を鈍らされたりしながら、居付いてしまうような。デュークが見えて手にしている黒い液晶のノートにアップルのマーク。それがデスノートでないことだけを祈りたい。