基礎体力の有無。

 何事も基礎体力ありき。「デザイン教育に熱心な台湾の大学、東方技術学院を訪れたのは今年の3月のことだ。昨年亡くなったグラフィックデザイナーの父、福田繁雄の追悼展が同校で開かれ、オープニングに招かれた。式典に参加して驚いた。学長が学生を鼓舞し、成績上位者や優秀な教授一人ひとり表彰する。そのたびに割れるような拍手。デザインの力で社会をつくっていくのだという熱気がある。滞在中の世話をしてくれたのは同校出身で台南大学教授の林美吟さん。評判のレストランや店に次から次へと連れて行ってくれ、「おなかがいっぱい」と遠慮しても「一口だけ食べてみて」と勧めす。道教の寺院に興味があると話せば、すぐに見学に連れ出し、おくみじのやり方まで実演付きで説明してくれる。このバイタリティーで教授、デザイナーとして仕事をこなし、妻として充実した人生を送っている。前に突き進む純粋な気持ちはモノを作るための「基礎体力」となる。学生時代に留学した日本について「最近はどう?」と林さんに尋ねられた私は答に窮してしまった。自分の意見や主体を持つことに消極的で、他人とかかわり合おうとしない今の日本はあまりいい状態に見えないからだ。何度か同校で教えた父は、真っすぐで健全な学生たちの精神のありように魅了されたのだと思う。」とこのコラムは締めている。

 これはある側面からの意見としてもあきらかに福田美蘭さんの目に映る日本人像と台湾の学生の印象は相対であれ絶対であれ何か大きな問題提起として揶揄されている。だから・・・の部分と、何故・・・の部分があるが、この側面がもしあながちであるなら、それで飯を食っている人間として、なんとか自分自身の熱量を上げる努力や次の世代の熱量のある方との共鳴できるような展開をしていきたいと思いますね。大きな問題に対して何ができるか、見えないと言ってしまえばそれまで。例えあたらないパンチでも打ち続ける、例え届かない言葉でも発し続ける、例えたどり着けないとしても一歩で前に踏み出すことをしなければと思う。

 なぜ、こんな日本になってしまったのか・・・?ではなく、こんな日本にしたいから、まず、これから始めよう!でいいのではないか。千の手は決してないが、2本は確実に動かせるのだから。ふと、あらためて「基礎体力」が自分自身にあるのかないのか?ということになると、明確なジャッジはできない。ただ、立ち止まることなく動き続けていきいたいという腹は括っている実感は自負はあるので、それが、イコールなら救われる。

 ただ、悲しいかな、間違いなく「基礎学力」だけはないことについては明言できる・・・。