おかえりなさい!はやぶさ。

 「今から7年前、われらが探査機「はやぶさ」は、太陽系誕生の鍵を握る小惑星「イトカワ」へと旅立った。表面の砂を採取し持ち帰るという史上初のミッションを果たすために・・・。エンジン故障、姿勢制御装置の不具合など数々のトラブルを乗り越え、己の役目を果たし、燃え尽きたはやぶさ。その未曽有の偉業と、満身創痍の探査機を操る精鋭チーム「宇宙研」の物語。不屈の精神と情熱、執念、日本人が忘れかけていた魂がここある。」とのこと。これは、京都大学工学博士 吉田武さんの著書「はやぶさ~不死身の探査機と宇宙研の物語~」の新聞広告文です。これは、新聞の記事ではじめて知ったのですが、その新聞の記事にはこの偉業のディテールの詳細が記載されていた。いかにこの宇宙研の取り組みが偉業であり、どのような熱意と執念と思考錯誤があったかが書かれていた。そして、次のプロジェクトへの予算のことにも触れていた。なかなか、今の日本の仕組みはふわふわとした政治の政権取りのお話や事業仕分けがスポットライトをあび、本当に意義のある研究や人材に対する日本としてのサポートが微弱であると書かれていた。極端なお話、無能な官僚達、椅子を温めているだけの議員さんを80%ほどカットしてあとはクラウド内のシステムに管理をまかせ、本当に人が携わらなければ最前線の判断をしなければいけないポストの人だけで政治を活性化して頂き、その給料を宇宙研究や10年後30年後50年後の日本のために使ってほしいと思いますね。

 選挙ウイークが始まって長浜でもステレオタイプのスピーチを垂れ流している車が走っている。いつもいつもいっしょのことを貴重なガソリンを使って市民の耳を煩わせる人たち。まぁ、それはそれでいいのかもしれないが、情報時代に逆行するような街頭演説のリアリティーを見るにつけ、不規則な文脈と軽い言葉の質量に気分が滅入る。あんたたちもはやぶさのようにもえつきる覚悟はあるのか?と握手を求められたら耳元で囁いてみたいものです。
 
 原理主義にも二元論にもはじかれた閉塞感漂う日本政治のフレーム。資本主義の構造が大きく変化しようとしているのに、古き良き時代のルーティーンを繰り返すステレオタイプたち。ただ汗を出せば、ただ手を振り握手をしていれば伝わっていると信じている薄い人間像。願えばいつでも神風が吹くと信じているのなら、もう喜劇である。これらが、政治というスクリーンに映し出されている絵はなんとも見るに堪えない。政治とは何なのか?基本的な根底のお話をできる人が街や県や国のイニィアティブを牽引してほしいものですね。ただ、そんな優秀でモノゴトの本質が「見えている人」は政治の世界には一定の距離を置いているのも事実。だから、淀みに澱が沈殿するのでしょうね。これも自然の摂理。