本は3回読めか・・・。

 さすが一時代を築いた方の言葉には質量がある。リアル書籍と電子ブックを先頭に走るデジタルコンテンツのつばぜり合い(もうつばぜり合いレベルではないかもしれないが)ばかりに注視しがちですが、それがリアル情報であれデジタル端末の情報表示であれ個体の中にその情報をどのように取り込み知識を知恵にどう変換して応用してアクションに繋げるかが実は本丸。学生時代の勉強という存在もそれの基礎的なトレーニングだったと捉えると、やはり、専門知識・専門技術を身につけたと思いこみ、社会に出た、が、思うようにならない。学生時代に体得・会得したと感じていたことが通用しないほど社会の現場のニーズは複雑だったということ。で、そこからスタートだと勇気を出して臨機応変に学ぶ技術が身についている人は社会に出て与えら得れた課題をその技術や能力で改めて体得する。これを繰り返さないかぎり政治家ぐらいにしかなれないだろう。

 で、リアル書籍も電子ブックもまず読むことでリサーチが始まる。これは知覚。で、知識の記憶が知恵だと認識してしまうことが多々あり、覚えているということが自分のスキルになっていると誤認することが多いとこの方は言っている。これがイエローカード。オンランショップのコンサルタントという立場での見解ではあるが、その成功例からそれが決してオンラインショップ上のノウハウに収まらないことは周知であり、つまり、現場で動き創り考えるルーティーンを繰り返してる人は逆に立ち止まることができない鮫状態なのであろう。泳ぎ続けて生命を維持しているみたいな。

 1回目はただゆっくりと文字を追い頭に入れる、2回目はアンダーラインを入れて呼応・共鳴する部分にフォーカスする。そして、3回目は書籍にメモを書きこむという読書法らしい。2回目までは普通にやっているが、書籍にメモを書き込むのは個人的に嫌なので私は重要な部分を別のノートに書き出しています。特にこのような読み方をしなければいけないのは「お仕事関連の書籍」なわけですが、現在、取り組まなければいけないテーマをWEBでリサーチして書店でリサーチして書籍を購入して、まず1回目を読み始め鳥瞰的に頭に入れる。で、次から実際にそのソフトウエアを起動しながら作業しながら読む。この段階でピックアップする情報ページの角を折るとか、重要なフローや文脈にラインを入れている。でも、手に馴染まない場合は3回どころか10回ぐらい読む場所もある。たぶん、文字を目で追って頭に入る入り方と手に馴染む馴染み方の誤差がこの感覚の誤差であり、取り組む目標値のハードルの高さだと捉えています。

 すると、人間ですから、手に馴染む道具は使いやすいし、目標を達成できた時は嬉しい。で、この人参(感覚というか達成感)を追い続ける馬のように気がついたら止まれない状態になっている。が、この感覚がある以上、悪いストレスになることは絶対にない。何故なら基本が「楽しい」からである。基本的に嫌なことはしないし、好きなことだけをやりたいが人間の本能だし、そんなことをつぶやいていたら、若いころ会社の先輩は「社会はそんなに甘いものじゃないぞ!」と言っていたような記憶があるが、逆に「社会はそんなに楽しくないものじゃないぞ!」と返した記憶もある。まぁ、人それぞれ真理は多様でいいはずだから、それが、お互いにリスペクトできる場所が社会でいいのではないだろうか。

 本はするめ、本は鏡、本は人、噛めば噛むほど、リアルを映しだし、著者の感情・感性が内在していると思います。

 「15分で小説が読めました!」なんてのは完全にレッドカード。