郷に入っては・・・!?

 「郷に入っては郷に従う」ということわざがある。ことわざには人間の叡智があると思いたいが、鵜呑みにはできないし、一旦部分的に自分自身に適用するにしても、自分なりの分析・分解はしておきたい。分解できればその構造やパーツのひとつひとつが見れて手にその部品をのせれば全体像がより理解できると思う。だから、私は昔から「一般的に」という言葉に心の真ん中があまり反応しない。つまり、「一般的に」や「標準的に」を連発している人の言葉にあまり質量を感じない。連呼してその人は自分の立ち位置を「標準」にしたい呪文のように聞こえるからである。いやいや、ならば、はさみを使っているバカの方に魅力を感じてしまいます。

 また、別の視点でこの言葉が好きになれないのは、日本語の慣習の中で生まれたのか、古く中国のどこかで生まれた言葉なのかは知らないが、現在、日本語としてこのように存在している以上、日本語として捉えてのお話ですが、考え方の根底が狭いし一方通行であり、まるで、赤信号みんなで渡れば怖くないのテイがプンプンだから。

 英語には「so many country, so many custom.」という言葉があるらしい。様々な国には様々な慣習がある。という意味だが、これは、それぞれの慣習をリスペクトしながらも自分のスタンディングポジションは明確に持とうよ!的なニュアンスを感じる。これもニュアンスのさじ加減ひとつだと言えばそれまでですが、明らかに日本語の「郷に~」とは違うベクトルを感じる。

 日本の冠婚葬祭の儀礼的な部分が深く日本の文化や歴史や慣習や生活スタイルに関連しているのは間違いないが、それでも、そういうことだから私もそれで安心ではなく、そう言われたからYESもNOもなくそうしておけばいいだろう発想の「郷に入っておけばとりあえず安心型」の人間にはあまりエネルギーを感じない。で、郷ってなんやんねん!となります。

 そんな方とのコミュニケーションではとりえあずポーンだけ動かしていればいいかな・・・と。キングとクイーンは動かない動かない、みたいな。