ぶれない人に・・・。

 ぶれない人になりたいか?なりたくないか?という思いが頭に浮かぶ。これは「ぶれない人:小宮一慶著」を見た時の思い浮かんだこと。人はなぜ金がからむとぶれるのか?としている。そして、どうすれば「ぶれない人」になれるのか?という疑問を投げ、「政治家や経営者など、自分の信念を持ち、それを貫くべき人々が、目先の利益にとらわれ、簡単にぶれている。だが、著者の長いコンサルタント経験からみると、信念を貫く人ほど長期的には成功を収める、と言える。人気コンサルタントが本音で語る成功論。」という777円の書籍である。

 まず、「ぶれている人」をなぜ金と関係づける?「信念」ってそう簡単に持ち続けることができるのか?それは本当に「信念」でいいのか?目先の利益を追いかけることはぶれているということなのか?著者の長いコンサルティングの経験ってもたぶん50年以上ではないだろう?どの程度の経験なのかを知らないままその経験からみられても・・・?それに長期的に信念を貫いている人が収めた成功って本当にぶれなかったからなのか?そもそも「本音」という言葉自体が怪しい。言葉、特に日本語は辞書どおりには解釈されていない慣習が日本には存在するし、定義どおりに教科書どおりのステレオタイプが権威だとか公認だとかスタンダードとされているが、もう、そんな画一的な価値観は誰も靡かないし、そもそも、この書籍は著者にとって「信念をつらぬいた結果」なのか否か?という視点もあったりする。

 で、人間だから心で生きているんだから、ぶれてもいいんじゃないと思う。たまにはセルフコントーロールできな「ぶれ」をエンジョイするのも人の特権だし、ぶれてないぞ!と思いたいだろうが、信念も借りモノなら貫き方も借りモノになるより、ちょっとぐらいの「ぶれ方のコツ」を持っている方が人生楽しいのではないだろうか。HOPEは追えば逃げて行き、それを得る準備ができている人に向かって降りてくるような気がします。2:8でぶれてる方が楽しいと思う。