2010年09月 アーカイブ

SAKIKOさんお疲れ様です。

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 素晴らしいのひとこと。プロフェッショナルな方との仕事は本当にいい緊張感があり、信頼感を強く感じる。このようなプロな方との仕事は本当に刺激になりますね。長時間にも関わらず素晴らしい仕事をしていただいたことに心から感謝です。こんないい仕事をこれからもいっぱいしていきたいと感じた一日でした。本当にSAKIKOさん、お疲れ様でした。ありがとうございました。

SAKIKOさんご本人もマネージメントを展開されているMODEL&BeautySchool 『sen-se』(センス)の公式WEBサイトです。

今から写真撮影なう。

 今日は神社の境内でモデル撮影です。しかし、ちょっと今雨が降っています。でも、雨さえやめばこれぐらいの曇天が一番光がキレイなのでベスト。雨さえ・・・。

岡村さん復活!

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 いやぁ~、良かった良かった。退院おめでとうとざいます。やっぱ、今のテレビには絶対必要な人なので、復活を心からおめでとうと言いたいですね。このままメチャイケはF.O.かなと思ってたので・・・。トップクラスのタレントさんのメンタルケアの部分も大変なんですね。

昨晩の珍客。

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 昨晩、仕事を終えて2階のドアを閉めると階段のあたりにカマリキがいた。昼間は会社の前に全長30cmほどの小さいシマヘビが死んでいた。これは何かのサインか?真冬に会社の中にモンシロチョウがいたこともあるし、換気扇のプロペラの間からすずめが飛びこんできたこともある。家のすぐ裏の水路にはホタルが飛んでいるし、伊吹山の山麓あたりを夜運転していると、カブトムシのメスが車中に飛び込んできた。リフトに納品に行くとその道を猿に止められ、カラスは会社の前の電柱に巣を作る。う~ん、長浜、いい感じである。

パフューム「575」の仕掛け。

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 ほんと、田中ヤスタカ氏の仕掛けは巧みである。これだけ仕掛けが現代のニーズにマッチすると面白いだろうなぁ~。そもそも、パフュームはデビューした時から一定の方向性をかなり高い位置でキープし続け、さらに、時代の流れにマッチングして覚醒している。まぁ、ファンであることで迷走ぎみな意見かもしれないが、これも、時代の流れで分解すれば脈略が整う。それが仕掛けの効用なのである。この3名のキャラがどうのということはテレビで観える表面的な色の部分。彼女達はシンガーであり、パフォーマーであり、アーティスト。くだらないMCの人参に反応する必要はない。

 で、新作「575」の仕掛けがなんとも・・・。う~ん、時代が見えている人は強い。自肩の強いひとは凄い。軸のぶれない人はのびしろが凄まじい。と、思う。

オフィシャルサイトはこちら。http://www.perfume-web.jp/

サスケの真意。

 しかし、サスケは本当に木の葉くずしを考えているのだろうか?マダラは本当は何を考えているのだろうか?決して言葉どおりの展開ではないように思っています。週刊ジャンプは買わないので、あくまでもあくまでもコミックス待ちの私はそんなことばかり考えています。このまま、連合軍とマダラの大戦が勃発するのでしょうけれど、それにしても、展開がビーとナルトを巡る部分が軸となる。二匹の人柱力を仮にマダラが獲得したとしてあの怪物はどう動くのか?それこそ月の目計画は本当にどう展開していくのだろう?そう、満月を見ながら頭に浮かんでしまった。そもそも、岸本さんの考えでは、忍の国の歴史というかナルトやサスケが生まれる前の当たりをあまり描いておられない。少しづつ・・・がとてもいい感じではありますが、マダラの時代のこともどこかでガッツリ描いてくださるのでしょうか?

 しかし、カブトが穢土転生で寄せた最後の人物は誰だ?誰だ?誰だ?あの5名を寄せたってことは、かなりビックネームが予想されるのですが、まさか?なのか、いやいや隠し球なのか?楽しみですね。でも、ナルトとサスケの戦いは最後の最後だろうけれど、そこまでに、いくつか仕込まれている印がある。これらの印をどのように有効に適用させるのだろう?結果、二人はただのハッピーエンドでは終わらないような気もするが、そこは、しっかりと納得できるオチに向かうだろう。長門だっていろいろあったが、とても納得できる流れでオチも納得だった。ほんとに岸本さんの展開はヒット&ウエイで素敵である。

 でも、それが終わると次の展開はあるのだろうか?ワンピースなら「新世界」があるように、ナルトにも次の構想があるのだろうか?終わって欲しくないという気持ちとあまりずるずると余韻で引っ張ってほしくないというファン心理がある。さて、次号、マダラは動くのだろうか???

芸術とは?

 そうかそうか、「芸術」とは「人が芸術と呼ぶモノ」なのか。アートやデザインにずっと関わっていると尺度というか考え方のモノサシや他人との比較ばかりに気をとられ自分の基準値がどこにあるのか定まらなくなっていた20代だった。学校の中にアートなどないだろうとは思いながら過ごした学生時代から、生活するためにドアーズを叩いたデザイン界。もう、試行錯誤の紆余曲折の上に七転八倒、おまけに右往左往の連続だった。何のために何をする?こうなるためにこれをする?ばかりが頭に充満していた。

 で、そもそも芸術とは何か?というシンプルな疑問が頭に浮かびはじめた40代。少しずつ少しずつその大きな氷山が溶けているのかもしれない。積み上げたモノが大きいと捨てるのも大変だし、新しく何かを持ちこむのも容易ではない。いっぱいいっぱいになると場所を変えてリセットすればいいとはよく言うがそれもそう頻繁にできることではない。今、「芸術と金」という書籍とドラッカーの「マネージメント」の書籍を併読しているので、頭の中のトルクがかなり上がっているからかもしれない。

 なるほど、「人が呼ぶもの~」ありきでいいんだと今日現在は考えられるようになっています。まぁ、これも秋の空と同じかもしれないが、少しずつでも原石が見つかればそれをどうにか加工はできるというもの、何もないところからマジックのように結論は具現化できない。という意味で書籍の中の著者の世界観に一時気持ちを委ねる読書という時間はほんとに心地いい。「人が呼ぶもの~」なのだから、絶対はないということ。あくまでも相対であることで間違いなかったと少し安心している。

 余談ですが、ドラッカーの書籍の中に「公共機関」の仕組みについての警鐘の下りがあった。何故こうも公共機関の組織は機能しないのか?というQである。なるほどなるほどである。目的が一般企業とはことなること、優れた人材が存在しないこと、相対性が絶対性で完結し創造性さえも本末転倒になっているからだそうだ。確かに、競争力のない人間だからそのテイを選択したわけだから、ポテンシャルなどあろうはずがないとドラッカー氏は言いたいのだろうか・・・。

 つまり、ここに芸術とは?と同じ考察が適用されるということ。原因や起因はすべて人だということで、人がどう考えてこれからどう考察していくかを想像し創造する企業が消費に値する価値を担えるのであろう。すべてはチェーンリアクションなのである。

4.9%と52.5%。

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 いつも買っている雑誌「Web Designing」の10月号。今回は恒例の「Webデザイナー白書2010」ということで書店で発見して即購入。この特集も今回で10回目ということで、非常に現代のWebデザインを取り巻くいろいろなアンケート結果がとても興味深い。この10年の経過を総括してもこれだけで10本ぐらのブログ記事は書けますね。

 で、いろいろ興味深かったアンケート結果を少しばかり紹介します。興味のある方はお買い求めください。まず、気になったのがQ1の「あなたの年齢は?」という質問。まず、性別の部分でいうと、アンケートに答えたかたの物理定数なのでこれが絶対定数とは限定しにくいがひとつの目安にはなるかと思います。男性が78.8%、女性が21.2%という分布になるそうです。これは意外、男性よりもWeb関連のデザイナー・クリエイターは女性の方が多いだろうと思っていたのですが、うん?去年もチェックしているはずなのに、デザインというよりも、Webの場合、コーディングやプログラムや言語的な部分が作業の大半を占めているからか、女性のクエイターの方の割合は少なかった。で、46歳という年齢が現代のWebデザインの現場でどれぐらのシェアなのか?が、なんと4.9%でした。つまり、26~45歳が約60%を占めているということ。うぉ~、もう完全なるこの現場ではおっさんなのである。

 その次の52.5%という数字は「Webはどこで学んだ?」という質問の回答。いろいろな専門学校や大学や制作会社で働きながらという方が約45%に対して、この52.5%が「独学」なのである。ご多分にもれず、私も完全なる「独学」であるから、ああ、皆さん若いのに苦労しておられるんだなぁ~とこの数字を見て感じるわけです。でも、「独学」っていろいろなベクトルがあるので、ピンキリでしょうが、この世界、まぁ、なんでもそうかもしれませんが、「習うより慣れろ!」なのかなと。

 その他、いろいろ興味深い結果があったのですが、中でもとても親近感を覚えてしまった結果は、「1ヶ月あたりの休暇日数は?」という質問。4~7日というのが圧倒的に多く26.7%だったのですが、「0日」という回答が1.4%おられました。う~ん、この1.4%の方、なんて素敵なデザイン馬鹿なのだろう。そんな強制でもないのに休もうと思えば休めるのに、はっきりくっきりと「0日」と胸を張ってアンケートに答えた皆様、うん、素敵です。私も間違いなくこの中のひとりなのですし・・・、さらに言えば、「この1年あたりの休暇日数は?」という質問があった場合でも、間違いなく「2~3日」なので、もう、完全にジャンキーである。

 最後に例の「アドビとアップルの問題」について。共感できるアンケートがたくさんありました。中でも「製作者の数だけ方法が違ってくるのだから、必要なら勉強すれば良い、それだけのことなのでは?」とか、「つべこべ言わずに対応あるのみ。状況把握に勤めます。」などなど。素敵な回答が多かった。まぁ、アップルの考え方に対して反対意見は46.1%あったので、この風もかなりアゲンストではあるが、ならば、番手を上げて低く球を出せばいいじゃん!みたいな。

 おまけにあとひとつ。「この仕事を選んだ理由を教えてください。」では、「紙は死んだ!これからはWebだと思ったため。」という36歳男性の方がおられたようです。まさに、紙(神)は死んだのかもしれません・・・。

富士ストーンズ。

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 いつも仕事場の見えるところに富士山のポストカードと今年初めて歩いた富士山の登山道の石を2個飾っています。2合目から5合目のシャトルバスの中で富士山ナビのボランティアの方には「自然環境が崩れるので石一個でも絶対に持ち帰らないでくださいね。」と強く言及されたのですが、こればかりはもうライフワークなのでこっそりと2個持って帰ってきてしまった。もう1ヶ月以上経つので時効(何基準!?)かと思ってブログで紹介いたします。特に大きなお土産物も買わなかったし、富士山エリアにはいろいろな観光地があったにも関わらず富士山に登っただけ・・・ということだったので、せめてもの戦利品ということでボランティアガイドの方、ゴメンナサイ。

 そもそも、いつのころからか、珍しいところに出向くと石が気になる。で、山に行っても海に行っても都会に行っても田舎に行っても気になる石を拾ってくる習慣がついてしまいました。ある後輩に言わせれば、それはダメダメ、石にはその地に存在する精霊や魂的なモノがひとつひとつに宿っているので、それを持ちかえるということはその精霊的なパワーを乱すことになり、いい精霊ばかりではなく、残留している魂も宿っている場合があり、それを持ちかえるなど・・・的なことを言われた。それも確かにとは思うのですが、そもそも、精霊など人間が考えたモノだから、石は地球創生期からの産物、何が宿ろうがそれは勝手だが、どんなに文明が発達しようが、石は石じゃん!と触手が伸びるというわけ。

 昨今、パワスポ系のブームなのかパワストーン的なテンションの延長なのか、石や土地にフォーカスするテイがメディアで話題になっているような気がする。歴史好きの日本人が寺も神社も遺跡も城跡も歩き尽して最後に辿り着いたのが「付加価値をつけた土地」のようです。石の存在に魅力を感じている以上、石や土地にパワーがないとは思えにくいが、そのあたりはまったく鈍感極まりないので、ただ、鑑賞して「ああ、9.5合目あたりが一番しんどかったなぁ~。」とドキドキを振りかえっています。

MODEL&BeautySchool 『sen-se』(センス)さん。

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 今回モデル撮影のマネージメントをお願いしたMODEL&Beauty School『sen-se』(センス)の中核メンバーでらしゃる彩希子さん。こちら組織のご活躍は大阪・京都・東京と素晴らしい展開をしておられます。その中にあって彩希子さんは京都校の運営責任者とのこと。で、急なお願いことにも関わらずタイトなスケジュールで撮影をお願いしたところ、直接、彩希子さんとお話ができ、モデル志望の方や本格的なモデル活動をする前の段階の方など当校はいろいろな人材がおりますとのことでした。そこで、資料を頂き検討してまいりました。その結果、今回は、なんと、ご本人にお願いすることに確定したという、なんとも魅力的なポテンシャル。マネージメントについて最初はお電話で意向を伝えしながら、お話してても、さすがプロのマネジャーだなぁ~と思っていたら、ご本人もモデル業でご活躍とのこと。素晴らしいです。ということで当日は彩希子さんよろしくお願いいたします!

MODEL&BeautySchool 『sen-se』(センス)の公式WEBサイトはこちらです。

何故?FLASHなのか。

 まぁ、iPadはああゆう感じではありますが、実際、今、WEBサイトを新規で構築する、商品に合わせてブランディングサイトを起動する、もしくは、現状のサイトのエッセンスにスパイスにFLASHを適用する。いろいろなアプローチがある中で、実際のニーズとしてはどうなの?というお話なのですが、実際、WEBサイト=スタイルシートでフォーマット化するデザインが主流のように感じていますし、それが、ブラウザの新旧入り乱れでどの記述方法が有効なのか、デザイン的にCMS的に、そして、コスト的にという軸がポイントのようです。では、WEBサイトがメディアを代行するという視点で捉えた場合に閲覧性やデザインのスマートなテイを取り込むのなら間違いなくスタイルシートでサイトを構築させる手法に一理があります。運営も楽だし、更新も楽ということがこのスタイルの特徴です。が、さて、新しいサイトのデザインやプランニングをする時に必ず、いろいろな検索手法で現在のサイトをリサーチするのですが、そのバリエーションはほんとに百花繚乱である。いろいろな会社の商品やサービスを適格に表現し機能性の部分や閲覧する環境にマッチした表現と構造となるとそれぞれのWEBデレクターとWEBデザイナーのこだわりやポテンシャルがそれぞれ優れたWEBサイトには適用され素晴らしいサイトに多くぶち当たります。が、それと比例して、チュートリアル通りに方程式どおりに構築された、クリエイターの創造の部分が完全に欠落している、もしくは、10年ほど時間が止まっているデザインや、これは学生の作品なのか(いやいやイマドキ学生さんの方がプロのテクを持っているぞ!)というレベルのサイトにも出くわす。これはこれで公開して成立しているのだから、ここが天井だったということだろうと推察している。

 で、スタイルシートのデザインはグラフィックデザインでいうところのレイアウト感覚がパターン化されて、こだわりや独自性などのデザイン表現はそれぞれのパーツやエレメントが担うことになり、それが、コンセプトやサイトプランとどうマッチさせるかで競われていて差別化に取り組んでいる。サイトが完成したからそれで完了ではなく、サイトは道具ですから、いわば、仮想のお店や社屋のような存在。社屋がどれだけキレイで最新の設備があってもそれを使いこなして活用できる人材がいて機能する。そして、それが日々の業務とガチでシンクロしなければ、それは絵に描いたデザート。だからこそ、WEBデザインは機能面や運営術とのシンクロを目的とされながらも、視覚や聴覚に訴える手段としてお客様に対するサービスアイテムのひとつと捉えることができる。サービスというベクトルで捉えるなら、美しくないよりも美しい方がベターだし、古い印象よりも新しい印象の方がベター。何事もベストを求めると取りこぼすこともあるので、それだけに特化するエッジの立て方はイエローカード。しかし、サッカーの試合でもイエローカードを怖がって目の前のボールをスルーするよりも、「あたり」を強くする攻撃的な表現も必要不可欠であることもリアル。

 だから、スタイル・仕組みの頑強さ・洗練さとWEBサイトにおける「あたり」、つまり、攻撃性の部分でFLASHは相当の荷を背負っていると思います。静止画=スタイルシート、動的表現=FLASHではないが、この均衡はクリエイターとしてバランスよく保持しておきたい。セオリーどおりに、ある、視点だけに体重を置き、どこかと同じ体裁で安心安心というタイプならそれはそれが正解であるし、どこか、常に現在進行形で常に脱皮する創造的アプローチが必要なら、それが、運営している方のポテンシャルに存在するなら、表現も同調・同期する必要があると思います。

 まぁ、技術的な側面で「FLASHは難しいから使わない方向で・・・」とスルーしているクリエイターならをれはそれでその方のそれが天井だから正解をそこに置けばいい。ただ、正解も誤答もなく、常に新しい自分だけの答を求めるなら、創り手も新しいことにチャレンジし続けなければいけないという使命感はあります。でも、それよりも、道具なんだから「使って楽しい」が基本。難易度の高い道具ほど手に馴染むと心地良い。標高が高いほど見える景色が美しいのは、それ自体が勿論美しいということと、そこに立つまでに費やした時間の質量や想いの綾がそこで昇華されるからだろう、などと思って毎日の仕事に取り組んでおります。

キンコメさん、おめでとう!

 昨日の「キングオブコント2010」良かったですね。珠玉のコント8本を観れて楽しいひとときに適度な緊張感がありガチの4分間でした。まぁ、緩いコンビもあり~ので、このコンビがベスト8!?という作品もありましたが、そこはそこ、好みの部分でもありますし、あまり辛口のテイで観ても楽しめないのでその方達は温かい視点で拝見していました。

 まず、「ロッチ」さん、マジック合戦のあのネタは初めてでしたが、さすが、ここ一番のネタなのでしょう。ロッチワールド全開で、おふたりのテンションというか表現力でしか成立しないようなネタでしたし、中岡さんのポテンシャルは最高です。2本目は以前に2回ほど見ているのですが、コカドさんの馬鹿店長ぶりは最高です。「店長さん弁当」ほんとに美味しそうでしたね。

 次が、「しずる」さんの2本。「シナリオどおり」と「監督と俳優」もちょっとピリッとしたオチまで一気に持っていかれるスピード感。流石です。こちらもワールド感が素晴らしかったです。

 で、私の中ではキングだったのですが、なかなか芸人の仲間の皆様の採点は厳しく、上位には入れませんでしが、「ジャルジャル」さんのネタは最高です。2本とも何回観ても笑える笑える。特に後藤さんが私の中では今芸人No.1なので、何をしてても何を言っても面白くて大好きです。たぶん、審査員がいて得点で競う場合、ジャルさんは優勝は絶対にできないでしょうってぐらい、最高な二人のワールドでした。

 で、で、やはり今年のキングは「キンコメ」さんでした。何がどうあろうとこの二人で間違いないだろうと8組のメンツを見て想定していましたが、それ以上の作品で、何も淀みなく当然のように一番になられました。聞けば、お二人とも苦労人のようで、だから、養護するようなことでもなく、ただただ、最高の作品2本で、グランプリ獲得でした。もう、今野さんのキャラはどこまで進化するのだろう・・・?ピストルをつきつけられた時の顔、車で縦列駐車のバックする時の顔。あんな飛び道具は他の芸人さんにはない最終兵器です。キングだからということでもなく、いつまでもキンコメワールドを楽しませてください!という感じでした。

満月。

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 私のカメラでは「寄り」はここまで。月面が見えるISOと絞りとシャッタースピードはかなり吟味した。で、この仕上がり。う~ん、満月って意外に明るいんですね。ようやく、秋の気配で涼しくなりました。この夏の猛暑があの猛暑だっただけに、反動というか「急に冷え込んできた・・・。」ぐらいの皮膚感覚です。長い猛暑でしたので、何かとスタミナを少しづつ奪われているはず。で、いろいろなとこにその無理が溜まっているはず。それが、気温が変わるタイミングで秋モードになる前に一旦調整する時、体長がいろいろ崩れるらしい。分っていても・・・みたいなことにならぬよう、健康面で注意をしていきたいものです。

チンドン屋さんというパフォーマンス。

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 昔懐かしいということですが、リアルなチンドン屋さんを街で見かけた記憶はないので、テレビや映画などで登場するチンドン屋さんと比較してそう思うしかない。このパフォーマンスがリアルに街の情報源だった時代から比較して情報のディテールは大きく様変わりをしたとこの一座のリーダーの方がおっしゃっておられた。しかし、現代、情報の発信源がインターネットやデジタルコンテンツになった時代、あえて、チンドン屋さんというパフォーマンスのニーズが再発見されているらしい。なるほどなるほど、それは、ちょっと触感として感覚として理解できるような気がします。聞けば、この舞台はいろいろな資料映像や知人からのレクチャーを元に独学でスタイル化しておられるとのこと。「楽しいひとときを・・・」とのリーダーの願いがこの会場に溢れていました。

 いい歴史はいつの時代でも一周回ってくるんですね。で、軸は同じみたいな・・・。

楽しい腹話術。

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 なかなか、引き込まれるモノがありました。腹話術、素敵な舞台でした。ちなみにこのお人形のおばあちゃんの名前は「チヨコ」さん。ほんとに人生いろいろですね。

昨日のカミナリ。

 昨日の豪雨と雷は凄かった。これでどうやら長く続いた猛暑は終わるらしい。ようやく秋の気圧配置になるらしい。よかったよかった。で、今日は朝から雨。涼しくなっていいじゃん!

モコモコやん?

 もう、何も言うことがない、ただただ、ワンダホー!
オフィシャルサイトはこちら。http://www.yanyan-machiko.com/w/news/news.php

あまり興味のない3D関係。

 なんでもかんでも3Dimensionで商品力の差別化を図ろうとするテイが氾濫している。確かに3Dは技術だが、あまり、この表現についてテンションは上がらない。何故だろう?興味がないから、そそくさとそれをチェックしないリサーチしないからなのですが、カメラにテレビにムービーにと3Dに見えたことで何がどう2Dと違うのか?基本的に目の錯覚でしょう・・・という頭で捉えているからなのか。実際に迫力のある3D映像を観たらこんな思いは吹き飛ぶのか?いやいや、そうでもないんじゃない、と思っています。

 確かに技術力が進化しデバイスの機能は日々進歩しているが、3D映像でペットを観てもピンとこないし、どこかの世界遺産の風景や建造物が画面から飛び出しているように観えたところで、頭はそれを錯覚だと認知している状態だから、それこそ仮想の上にチラつく仮想の産物。迫力のある映像は別に3Dでなくとも迫力は感じるし、映像だけでは人間の五感は20~30%しかリアリティーとシンクロしないらしい。残りはほとんど聴覚から入る情報でリアリティーを感じるらしいです。ではでは、8チャンネルシングルサウンドチップを駆使しながら3Dをマッチングさせれば・・・相当なものだろうが、でも、3Dはさほど喰いつけない。まぁ、いつもの喰わず嫌いなのでしょうが、食べる前に警戒する能力って古代から備わっている人間の大切な本能ですし・・・。

無印の良品!?

 デザインがシンプルでフォルムがオシャレ。で、ブランド名称が「良品」だからといってホントに良品かな?と最近思うことが何回かあった。まぁ、原さんの広告イメージが印象的だから、ちょっと手の届くハイセンスなアイテムを揃えましょう!的なユーザーがターゲットなんだからイメージ戦略は確かに成功していると思っていた。原さんの広告がどうのというお話ではなく、これは商品力の問題かなと。

 とてもいい感じの目ざまし時計を買った。コンパクトで正方形のフォルム、ラバー素材のなんとも手になじむ素敵な時計だった。が、つまみというか時間調整のバーや時刻を調整するダイアルが小さい。あげくのはてにちょっと間違えて違う向きに抑えたら、ちょっとした力なのにたやすくそのバーが折れた。さらに、時間も液晶時計などと比べるとある時は遅れているし、ある時は進んでいる。デザインはいいけど目ざまし時計としてこれは良品か?

 私は使わないのですが、お風呂で使う洗顔用の「泡たて用スポンジ」。これについては、使っていないのですが、「泡はたたない。」「使ってすぐにボロボロ。」「水切れが悪くなんか変な色に。」とカミさん曰くケチョンのケチョン。

 シャーペン。シンプルなデザインが気にいって買ったが、さすが、値段だけのことはある。芯がつまるし使っているとその細さがどうも使いにくい。シャーペンはたくさんイラストを描く時の下書き用にいろいろな太さを持っているし、重さや太さもどのテイが絵を描きやすいかという視点で買っているので、そういう特別な使い方だから、気になるのか?とも思ったが、デザインや見た目で選んだことは否めないので、これも残念な「良品」だった。

 決して大物(高価やサイズ)を無印で買おうとも考えないので、価格に沿った商品力と言ってしまえばそれまでですが、明らかに「見た目思考」という印象であり感想を持ってしまう。さらに、「見た目だけがいいこと」=「デザイン的に優れたプロダクト」という広告戦略もちょっとキライ。逆に言えば「モノが良くないので見てくれで商品に対する購買意欲を高めているのか!?」とう仮説も成立する。広告は確かに素晴らしいし戦略も優れているが、やはり、ひとつひとつの商品が緩いと買ってもらった後にブランドのハリボテ感が露呈するような気がします。「買ったあとは知りません。」みたいな企業イメージにならぬよう、自分自身に置き換えた時に危機感を持ちたいものです。

まほろ駅前多田便利軒@三浦しおん

 人から「これは絶対に読んでくださいよぉ~!」と本を勧められることは多い。しかし、あまり人に「絶対読んでください。」ということはしない。これはつまり自分自身に対する裏返しであり、結果、これまでどのようなタイプの方にどのようなカテゴの書籍を勧められた場合にそれを読み、このパターンでこのTPOで書籍を勧められると必ず比較的にこういうオチになり、残念な読後感にしんしんと浸る結果になるという不思議な方程式があるので、あまり、人からのおすすめ書籍を借りて読んだり、さらに、改めて購入して読むということは少ない。最低限の頻度であり確率なのである。決して、他人の価値感を頭ごなしに否定しているわけでもないし、「本当にこれはいいですよ」のテンションがしっかりと伝わるタイプの人であり、言葉にその書籍の重さが少しでも感じられたら、素直に読むし、書籍の進め方の言葉の中に素敵なサインを感じたらそれは有効なサインとして素直に読んできた。この連鎖も言わば、人間関係の発展形として捉えると、人を信じるが書籍を信じるになり、そのテイで読むという過程で、心に新しい芽生えるモノがある。これを大切にしながら、読むのと、懐疑しながら文字を追うのでは明らかかに行間の広がりが異なり、登場人物や場面や物語の機微への心の反応が整いもするし乱れもしうる。

 で、「まほろ駅前多田便利軒」は、娘に勧められた。「おおっ、また、友人に勧めらて読んでるんだな・・・。」という印象でその書籍を手にする。本文以外の文脈をたどる。うんうん、なかなかいい。それに三浦しおんさんはこれで2冊目となるが、この方の文章はとても魅力的なスタイル感を感じたので、興味のレベルが上がる。そして、そのまま、1行目へ。

 確かにGOOD。三浦しおんさんであることの安心感とそのポイントポイントにちりばめられた比喩表現がもう三浦ワールド。さりげないひとことにしばし目と心が止まる。最近、勢いや設定や特異性だけで物語を進めがちな書籍や、A液とB液をビーカーに注ぎ白い煙と共に市場に出された書籍などの類は、もう、匂いがダメ。作者の人となりが文章に読み取れて小説の中の世界観が、読者の頭に移住すると思っているので、私の中でそういう意味で「三浦しおん」さんは大切な日本の作家さんの一人です。逆に東野さんや宮部さんや百瀬さんなどは設計図がチラチラするのであまり好きではない。どちらかというと蜘蛛の巣のような仕組みの文脈に惹かれますね。いいですよ「まほろ駅前多田便利軒」。

99歳のスプリンター。

 いやいや、脱帽である。敬老の日ということで全国の素敵なガチでいろいろなことに頑張っておられるご老人を紹介していたが、まぁ、おどろくべき素晴らしいおじいちゃんやおばあちゃんがおられる。99歳になって100mを走り、砲丸投げをするおじいちゃん。なんともまぁ、この映像を拝見して46歳の私は何を思えばいいのやら。地域の人に見守られ、家族に見守られ、眼光鋭く100mのゴールテープを目指しているおじいちゃんの顔を見ていると、身体のどことなく力が入ってしまいます。

 健康の秘訣は「マイペース」。どうやら、自分のペースが見えること以上に何か素敵で偉大なことを成し遂げるアプローチはなさそうですね。やはり、「マイスタイル」「マイペース」でbe yourself!ということなのだろう。まったくもって、心から老に敬する一日でした。

喫煙は病気だと!

 死体に群がるハイエナ達の嗅覚とエネルギーは逞しい。お肌の荒れや鼻のカタチや胸の強制にコストをかけて肝臓の癌をスルーしているようなもの。喫煙が肺癌を助長することは医学でうんたらかんたら、喫煙者は喫煙していない人に対して肺癌の発生率が数倍で、吸わない人がたばこからでる煙を吸わされることで吸っていな人にも肺癌の因子がうんたらかんたら。挙句の果てに値上げの正当性や経済効果の活字を見るにつけ片腹が痛い。挙句の果ての果てに、喫煙者は自分自身が「ニコチン依存症」という病気だということに気がついていないというテイが始末に悪いらしい。

 ほんとにこの国のメディアや机の上の人たちの頭のハイエナ度には脱帽である。匂いがするから群がればいいってことなら、あなたたちは何のために生きているのか?ということ。腐った肉を食らうための嗅覚が生命をループさせてきたと勘違いしているのだろうか?弱者が強者をそれぞれの条件で自然界のルールで得る・得られる構造があるからこそこのループは自転し公転のリズムが崩れないのに。

 あなた達こそ「依存症」という言葉に依存しすぎ。相対と絶対が完全に逆転している視点で自分の影が自分自身本体を見え上げているいるようなモノ。実態の透過率が上がれば、影も薄くなるのに。その影が薄くなる自分自身本体を見ないで人の影の濃さ加減ばかりを観てどうする?そんなにそんなに隣の芝生は青くない。もっと、相対力を高めてどうでもいいこととどうでもよくないことに論点を置いてください。

 警鐘だけ鳴らしているつもりでも、あなたたちは意外と「おおかみ少年」であることに気がついてほしいものです。病気の定義と依存という言葉の使い方をもう一度予習・復習してから、「たばこを吸う人」をその定義や論法で否定すればいい。それもできないなら、凛として「無視」をすればいい。言うことに事欠いてそんなに一生懸命に支離滅裂になることもないでしょうに。なんでもかんでも法律や国の方針やどこどこの機関・団体の規約や約款で決められたことを振りかざして、それに乗っかってあなたたちは悲しい悲しい「ニコンチン依存症という病気です。」と言われても。人間は歴史から何も学べない学んでいないでしょう・・・という学びがあるからこそ現時点の繁栄があるということを忘れぬように。国の繁栄のために空洞化してしまったことへは何も言及せずに殻をつついて補修してつついて補修してそれでいつ中身が創出できる?育成できる?未来へ何かを繋ぐことができるのか?

 お互い「馬鹿は死ぬまで治らない」かもしれませんが、あなた達はそういうテイで気持ちいいでしょうが、私達はそんな気持ちをニコチンに依存しながら、火を付ける一本が美味しいのです。

映画「ハート・ロッカー」

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 104冠ということでチェックした。爆弾処理班の戦場のディテールがそこそこの時間展開されている。「大人になると好きなことが減る。」のだそうです。何が104冠でアカデミー候補なのかを読み取ることはできなかったが、戦場のディーテルと主人公の心象風景の細やかさはさすが新鋭の女性監督。映像の端々にメッセージやサインが隠されていました。決してテンポのある映画ではなかったし、「海猿」を観ていいる人の心には決して響かないいくつものリアリティーがあったように感じています。

 映画のクオリティーとは観る前の時間の期待感と観ている時間のリアリティーと観終わった後の余韻からさらに時間の経過と共に心の面に浮きあがる絵や音や言葉の熟成度で量れると考えているので、観ている時だけ笑おうが泣こうが言葉を無くそうがそれはそれでいいとして、観る前の期待感と観終わった後の残照というか残像というか、そいういうモノの量と質で好き嫌いとか言い悪いとかの一番基本になる部分の目盛りで実測できるように思います。

 「戦争」を描く映画は数多あれど、そういう意味・視点・ベクトルで「ハート・ロッカー」は存在感のある描いでした。見終わった印象で言えば、ちょっと「ディア・ハンター」に似ていました。

オフィシャルサイトはこちら。http://hurtlocker.jp/

Water Land

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 「ウォーターランド (新潮クレスト・ブックス) 単行本 グレアム・スウィフト(著)真野泰(翻訳)」のどれかのキーワードでアマゾンか何かでヒットするでしょう。

 最近、ちょっと、書店で立ち止まってしまった書籍です。まぁ、長浜の書店なのでそう大きくもないし、あらゆる(まぁ、この部分もあらゆるとは語弊がある。かなり限られた・・・が正確な表現かもしれない。)カテゴがワンフロアに整理されているので(といっても、読みたいカテゴは非常に少ないし、新しく設置してほしいジャンルやカテゴを書店の仕入の方にお願いしてもたぶんニーズがないから却下だろう。)さほど、ぶらぶらしてても何か一冊に引きつけられることはそうないのですが、この一冊はスルーできなかった。何故だろう?まぁ、感覚的な理由だろう。

 So, これがiPad的な電子ブックには絶対に演出できないディテールだろうし、開発者も販売元もここを完全にスルーしているのをどうデジタルコンテンツで演出できるか分析・洞察しているが、今のところこの人間の最も感覚的で直観的な能力に訴求する機能はあのデバイスには存在しない。単一なハードケースの中に基盤を埋め込み「どうです!これが新時代の便利のカタチです!」って直線的な装いを装飾しようが、人間の頭や感覚は正確にそれらを感知しています。直観に訴えるといいながら、まったく逆のことをしているから始末が悪い、が、これも「一回、まわってワン!」みたいなもので(どんなもの?)、犬的には飼い主となくてはならないコミュニケーション。で、しばらく、「喰いつき」から「飽き」の間をしのげるだろう。

 話が完全に逸脱したが、そういう意味でこの書籍の存在感はどこか引きつけられた。デバイスの液晶画面がいくら3Dを駆使しようが、大の大人の足を止めさせるパワーないだろう。臭い系が大好きなハエさんはそのテイの嗅覚があるようですから、iPadの回りをブンブンと飛べばいい。うんこが土になりそこから何か新しい芽が出たらそれに私は水をやってあげたいかなという感じ。

 どうやら、この物語、かなりガチのようです。このタグイの物語は書籍を読みながら、自分の物語に反映できそう?もしくは、文章と文章、行と行の間に存在するディテールを楽しめそうな気が匂いがプンプンしてきます。だから、私もこの書籍の回りをブンブンと飛んでしまったという仕組み。

盆栽的に・・・。

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 ご年配の方が独特のフォルムをした鉢にクネクネした松の木を植えて土の上にコケなどを配置して鑑賞する趣味がありますよね。そう、「盆栽」のこと。大学に入学して一人暮らしを始めて、何も家具的なモノなど十分に揃っていないのに、何かどこか観葉植物を部屋に置くということが「カッコイイ」「都会的なライフスタイル」に思えたので、小さい観葉植物を買った記憶がある。たぶん、ベンジャミンだったような。その小さい緑いろの葉をつけたプラスチックの植物に毎日水をやりながらなんとも素敵なライフスタイルを過ごしているような感覚になっていた。そこから、30歳までいつも部屋には大小の観葉植物がありました。その時はちょっとかっこいいライフスタイルのテイで鑑賞物だったのですが、最近はその要素の中にちょっとづつ「盆栽」の要素が混ざってきているような感覚がありました。見た目よりもグイグイ育ってくれる姿がなんとなく心を落ち着かせてくれるというか・・・。で、毎日水をやったり、枯れてきた葉をとってあげたり、時にはなんか心でつぶやいたり。まだ、松の木の盆栽です!みたいなテイはテレがあるし、管理も大変だと聞くので元気なパキラが私にはちょうどいい盆栽のようです。

 東京の古本屋やN.Y.にいた時に書店でよく「BONSAI BOOKS」が目についた。やはり、いろいろなところでも「盆栽文化」はあるんだなぁ~と思っていた。今、こうして毎日会社の中の植物の世話をしながら少し感じてしまった。「これって、盆栽的な楽しみ方になってるんじゃない!?」と。

ラウンド途中です。

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 琵琶湖大橋ゴルフコースさんのヒトコマ。山岳コースとは異なりとても広々した距離のあるコースです。暑い暑い・・・。

暑い一日でした。

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 今日はこんな感じで暑い日ですが歩こうというテイで芝生の上にGO! 

今から琵琶湖大橋G.C.へ。

 今から琵琶湖大橋ゴルフコースヘアタックです。この山は比較的標高は低いのですが、登山道の途中でいろいろな精神的トラップが存在します。道具も登山用のスティックとは少し形状が異なり、山頂まで小さい穴にボールを入れていかなければ前に進めません。同伴者の皆様に迷惑をかけることなくいい登山ができるように今からテンションを上げず下げずでフラットなアタックを目指せればと考えております。これまでこのテイの山はいくつかアタックしてきたのですが、途中で吹雪に遭遇して登山を断念したり、体調管理不行き届きで自分から崩れていった経験もあります。しかし、ただ闇雲の積み重ねてきた部分とそれなりに実感を得た経験もあるわけですから、それがどこまで発揮できるかに今日の登山の是非がかかってきます。

 上る前から山はある。それをどう攻略するかはもう今の段階でほぼ決定されているに近い。つまり、今持っている体力や精神力や技術やマネージメント能力はどれだけテンションを上げようが現場で想定以上に発揮できるわけではない。しかし、積み重ねてきた自分の身体が覚えていることはできるはず。つまり、リミッターの設定が精神的な気分や心地で変化してしまうことがこの登山には大きく影響を及ぼすということを今しっかりと理解して、それを、平常心で無になり楽しむということ。一定内の緊張感でそれがエンジョイできれば、結果は今自分自身が持っているチカラどおりの結果になるということ。これをノイズで下げず、さりとて、期待を過大にしすぎて無謀な挑戦もせず。なのである。つまり、いつでもどの場面でもサプライズを待つ状態こそがいわゆる「モード」なのではないかと最近考えている。それを実行できるか否かがとても楽しみな今日の登山なのです。これも富士山登山を成功させたことで見えてきた感覚なのです。相手は自然。人間は人間にできることしかできないと・・。

 大切なことはプランや目的や小手先の技術ではなくルーティーン。

白いライン。

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 今日は小学校の運動会。昨日先生方が用意されたグランド。100m走のスタートライン。白いラインがグランドに引かれている。なんかいろいろ思い出す。思い出しませんか?

キレイな水。

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 田んぼから水路に流れる水。なんとなく見つけた身近にある水の風景。動物は基本、水から離れて生きていくことはできない。何気ない風景の中にもこんなにキレイな水があることを忘れないように。ほんとに滋賀県は台風の被害や水害の被害が少ない。昔は雪が多かったそうですが、最近はそうでもなく、多いと言ってもさほど生活に支障はない。さすがにこの夏は全国的な猛暑、滋賀県も同じだったが、でも、東京や大阪などの都市圏に比べるとこうして身近な生活の中に自然の「涼」がたくさん存在する。都会のようにクーラーで冷えた喫茶店に逃げ込む必要はない。なにより琵琶湖の湖畔であるということであの大きな水面をいつも毎日見ていると、猛暑酷暑と言われていても、さほどガチな感じではない。動物が水場から離れない本能的な理由が少しは自分の気持ちに機能しているのだろうか・・・。

ステキなおじいちゃん二人。

 ある番組で二人のおじいちゃんが登場した。いずれも、軽く60越えのおじいちゃん二人。そのコーナーの主旨はかわいいお孫さんのために二人のおじいちゃんがクイズに答えて早く3問間違った方が負け。で、買ったおじいちゃんのお孫さんにはお孫さんが欲しいモノが賞品としてプレゼント。一人は自転車、もう一人は温泉旅行。いずれも10万円までの賞品です。

 で、そのクイズ。企業のCMやイベントなどのキャラクターやテレビアニメや漫画のキャラクターの名前を当てるというテイ。ふたりのお孫さんが見守るなか二人のおじいちゃんが解答席へ。手間に光っている3つのランプ。ちょっと緊張気味のおじいちゃん。クイズは交互にキャラクターが登場して30秒以内に答えられなければ失敗。次から次へと出てくる数多なキャラ。たぶん、お二人それぞれに15問づつ答えられていた。企業のキャラや全国各地のキャラなどについては仕事上よく知っている方だし、テレビアニメについても、マンガの登場人物についても、少女系以外はだいたい私は答えられたが、このおじいちゃん。ひとりは全問正解で賞品をゲット。もう一人の負けたおじいちゃんも、ありえないぐらいの少女アニメキャラの主人公以外のキャラクターをフルネームでバシバシ答えていかれていた。これが、可愛い孫のためとは言えかなりこのクイズに向けて予習をしてこられたご様子。可愛い孫が後ろで見守っているのだからおじいちゃん的にはもうテンションはMAXだっただろう。「はたけカカシ」を知っているおじいちゃんってとても素敵すぎです。

 負けたおじいちゃんは悔しい表情もなく、「知らんものは知らん!」とニコニコ。そんな善戦したおじいちゃんを身守っていたお孫さんは「おじいちゃんカッコイイ!」。素敵ですねおじいちゃん。勝ったおじいちゃんは無事、お孫さんの希望していた待望の自転車をゲットしてても優しげに微笑んでおられる。勝利おめでとうございます!のMCの激励に対してもニコニコだけ。かなり勉強されたのですよね?というMCの投げにも「はぁ、まあ・・・。」とニコニコ。いやいや、相当勉強して来てはるでしょう?おじいちゃん。ほんとに素敵なおじいちゃんふたりでした。

 で、他のチャンネルを観ると、普通の芸能人がいつものグルメ番組で何か食べながらいつものコメントをしていた。それだけスポンサーのお店を持ち上げなきゃならんのかいな・・・。ちょっと、テンションが下がってしまった。

 まぁ、負けたおじいちゃんにも「温泉旅行」をプレンゼントしてあげてくださいよテレビ局さん、そこは。

技術は無料。

 もう、ワンダフルである、グレイトである、エクセレントである。中国に長年滞在しながら街の子どもたちを診ている小児科の先生の言葉。私は中国に対して罪の意識を持っています。だから、こうして、この街に移住して子どもたちを医者として診てることは使命であり償いなのですと・・・。朝も自分で身仕度を整え、エレベーターもない住居で毎朝毎晩50段の階段を上り下りして徒歩で20分診療所に向かわれているそうです。しっかり、どんぶりいっぱいのごはんを食べて元気なおじいしゃん。

 う~ん、とても101歳には見えない。達者な中国語と日本語でインタビューアーもタジタジ。取材しているテレビの人間が先生の耳元で叫ぶように~「何故?治療費を頂かないのですか?」。先生は一言笑顔で「技術を売っているのだから料金は要りません。」とのこと。う~ん、う~ん、脱帽。

 もう一人、ミャンマーで恵まれない子どもたちを治療している先生(41歳)のお話。家族は日本で暮らし先生は日本とミャンマーの往復。恵まれていない環境で子ども達が適正・適切な処置もないまま命を落としていく現状を目の当たりにした先生は単身ミャンマーに拠点を構えられた。誰のバックアップも、勿論、国からの支援はない。すべて先生の知人や企業からの融資でことを進めてこられた。十分とは言えない住居に住み、医療施設で時にいろいろな村を車で訪問して医療活動を展開しておられる。朝は早く、夜は遅い。すると、テレビの人がこんな質問を、「先生は水やお茶ばかり飲んでおられますが、食べ物はあまり口にしておられませんね?」と。先生はとてもリラックスした笑顔で「そうですね。私はもう3日間食べ物を食べていません。理由は感性を研ぎ澄ませておきたいからです。」と笑顔のまま。う~ん、う~ん、これが医者なのか・・・と。私の昼飯を抜く一日二食スタイルなんて、中途半端な心意気なんですね。二つめの脱帽。

 で、その番組のタイトルが「世界を変える日本人」。別に「世界を変える人たち」でいいじゃん!

ダイハードみたいな・・・!?。

 まず、なんでやねん!いいともにある俳優が登場した。そもそも、ドラマの番組宣伝かなんだか知らないが、もっと、別の枠で登場したらってことで緩くなんでやねん!

 で、さも、素敵なドラマになってますみたいなテイで、私は医師で患者の命を守る立場でありながら・・・みたいなことで、もっと他に医者イメージなら素敵な俳優さんがいるでしょうし、ほらほら、ジェネラルの先生とか白い~の先生とか救命~の先生とか。あれが頼りになるイケてる先生イメージですから、あなたは性格俳優なんだから、そのタッチで医者像を生放送で語るべきではない。そもそも、器もテンションも間違っているということでなんでやねん!

 で、で、視聴率は稼いでいるからかなのか、例の刑事の感じで。だから、だから、何を言ってもいいってもんじゃない。たぶん、入りの部分は二世だったからが、いいキャストに乗っかっただけ。そもそも、そのポジションなら他の個性的な男優さんでも、勿論、二の線の男優さんでも十分に乗っかれているはず。だから、たまたまなんです。それがこの世界の常かもしれないが、入りは二世だからだったのだということを忘れて、そのベースに積み重ねたようなキャリアなんだから、言動はその域を超えぬこと。っていう意味でなんでやねん!

 最後に、言ってはいけない言動。もう、自由かぁ!ってテレビの前のおそらく53%の人が突っ込んだはず。それは、ドラマのPRなんだからちょっとは話を盛ってもいいですが、それにも天井はありますから。言動が自由すぎると自分の立ち位置に悪影響があることもちょっとは危惧しながら言葉を選ぶべき。そりゃそりゃ、大きな病院の医師であり、それが、テロリスト達に病院を占拠されて、患者を守るというどうでもいいリアリティーのお話のベースはまぁいいとして、その学芸会のような設定の主演だからと言って、このテレビドラマをそんな風に例えるのは絶対にNG!!!ボキャブラリーがないのなら、もっと、一生懸命言葉を選んで熱意のある弁をお願いします。それだけは、それだけは言っちゃダメ。

 ただのテロリストつながりだからでしょう?そのテイのテレビドラマ無勢で「ダイハードみたいに面白いですよ。」とか・・・。

 では、具体的に聞きたいが、映画「ダイハード」の1~4のどこをどう観てそう言ってしまうのか?あなたはそれでお金を稼いでいるプロの俳優。それも、日本では上の方でしょう?なのに、「ダイハードみたいな・・・」って、なんでやねん!Mr.F.ちょっとは自嘲してくださいませ。私はダイハード1に関しては映画館で5回別の日に観てるんです。もちろん、2~4も何回観たいことだろう。この程度のファンは日本には恐らく300万人ぐらいはいますよ。その人達がみんなでそのひとことにツッコンでますね、絶対。

ツイッターという仕組み。

 まだ、その魅力の全貌は体感できていませんが、少しづつ、まぁ、習うより慣れるより楽しもうと思ってちょこちょこかじりかけています。このテイの取り組みで重要なポイントはガツガツしないことのように思います。ガツガツしても仕方ないっていうモチベから入って、小さいレスをひとつひとつ丁寧に拾っていきその次のレスを楽しみを繋げていくあたりが入口部分として少しずつ楽しくなってきている状態です。また、SNSとは違うテンションがあり、企業さんや出版社や会社レベルでつぶやいている感じと、エキパでプロフェな方が140文字でガチでつぶやいておられるのを拝見していると、日本語の表現力とツイッターの仕組みが浸透する理由がどこか理解できるように感じています。と、まぁ、現在、体感中なので、まだ、ほんとうにこの全容は分かりません。仮に1,000人をフォローして1,000人にフォローされているという構図が実際どうなの?具体的にリスクは少なそうですが、メリットや価値はどこ?それが見えたらもっと楽しくなるんでしょうね。こればかりは本や雑誌で「これこれこうです!」と言われても半信半疑から脱皮できないので、自分で楽しんで感じて答えを出すしかなさそうですね。ブログもミクシィも信頼できる方から進められて、間違いなく楽しい感じですので、じっくりとつぶやき続けてみようと思っております。

 さぁ、あとは、「動画・映像コンテンツ」をどこに展開しょうかなぁ・・・。

剣岳か・・・。

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 ここはやはり聖地なんだろうなぁ・・・。ちょっと富士山とは違うぞ・・・。

何故、アーティストは貧乏なのか?

 何故だろう?これは永遠のテーマだったが、どうやらその答のひとつが書かれている書籍を入手してしまった。う~ん、ある意味、結論を知るのが怖いような嬉しいような複雑な気分です。完全に読破するには相当の時間をかけてみたいと想定しているので、ブツリブツリと断片的に感想文をこのブログにアーカイブしていきたいと考えております。

 何故?貧乏なのだろう???まぁ、読書の秋にこれほどマッチした書籍は他にないだろう~ぐらいの書籍との出会いですね。

ヘルニア物語。

 別に「ナルニア国物語」とは関係ない。ほんとにこれで苦しんだ40~42歳だった。毎日仕事先に行くにも杖をついていた数年間。今思うと凄まじい日々だった。痛み止めの薬を飲んでも胃が荒れ、注射を打っても手足が痺れ、常にどこか微熱があるような感じ。仕事が終わって気を抜けばもう100%ダウン。気持ちを振るい起して風呂に行き、ゆったり熱い湯につかる。そして、痺れている手足をマッサージ。もうこれでほぼ一日分の体力は完全になくなる。そのまま、這うようにふとんへ。でも、仰向けには寝ころべない。だから、右か左を向いてバタン。でも、寝返りで上を向いたり下を向いたりすると痛みで目が覚める。寝起きが一番辛い。もう、両手でゴイっと支えなければ身体さえ起こせない状態。ゴルフもダメ、釣りもダメ、いつもやっていたランニングもダメ。ダメダメダメのドクターストップ状態。PCの前で仕事中も1時間ずっと同じ姿勢は辛い。だから、一旦、立ち上がり腰をゆっくりと伸ばしながら、両手両足のこりをほぐす日々。

 整体も薬も注射も治療にはならない。「では、何をすればいいのですか?」と主治医に懇願すると、「適度な運動と血行を良くすることです。」ということ。ええっ!それだけ!?これは医学的な治療方法ではないじゃん!でも、これしか先生からのアドバイスはなし。ガ~ン!から約3年間。ならば、先生の言われたとおりに、毎日毎日、適度な運動を続けた。もう、維持になって毎日毎日、腰や首に負担のかからない運動を続けた。しかし、雨の降る前は一日中、頭痛が引かない。ちょっと、重いモノを持ったり、学校のPTAで2~3時間草むしりをするとその後3~5日は腰痛が激化して杖生活。これの繰り返し。

 でも、諦めずそんな日々を過ごした結果、2009年の冬頃から30代の頃の感覚に戻ってくれた。まぁ、この状態も決して100%ではなく、常にガラスの腰と首のことは頭から消えることはない。無理な運動もダメ、疲れをためるのもダメ。結果、午後10時には寝て、朝6時に起きて、ゆったり仕事を始めて無理をせず夜遅くなったとしても無理はしない。そして、ちょっと状態がよくなりかけた頃(2年前)、「富士山に登りたい。」と思った。杖をつきながら生活している人間がとても「富士山登山」など夢の夢。だけど、何か目標がないと気持ちがモヤモヤ過ぎた。結果、今年の夏、富士山の山頂に立つことができた。感慨もひとしおで、達成感に山頂で浸っていた。で、これを続けようと思った。そして、ゴルフも普通にできるようになり、一時はありえない生涯最悪の120打以上を叩いた時もあったのに、最近95が出た。嬉しいというよりも奇跡である。ドクターストップをかけられながらゴルフをして120打を叩き、スコアでも気持ちでもズタボロだったのが、今では、もしやの・・・90切りが見えている。これも、日々のライフスタイルの改善の賜物物語。

 よく、医療器具や魅力的な成分を身体に流し込み・打ち込み・刷り込み健康マニアを自負する人がいるが、そんなことしなくとも人間は健康を維持できることを自分の身体で体験・体感・会得できたこの数年間の意味・意義は大きい。できることなら、50~60~70歳になっても、富士山に登りたいし、ゴルフをやっていたいので、この心意気を持続していきたいと思う、初秋の朝のひとときでした。

 健康はホントに大切です。

金と芸術。

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 ある方のオススメでアマゾンで購入。たぶん、このあたりの書店にはない書籍だから。ちょっとインデックスを読んだが・・・しかし、こんな書籍だとは。う~ん、ちょっとかなり重そうだぞ。まぁ、¥3,400ということで分厚く実際重いのですが、中身もいやいや。で、まったく私の中では初モノなのですが、ハンス・アビングさんってどんな人?何故、ここまで言及できるのか?いやいや言及しているわけではなさげ。しかし、このテーマでこのインデックスですから、この中にはいったい何があるのだろうか?少しずつ少しずつ楽しみながら拝読していこう。そもそもの部分、まず、「ある方」というのは私にとってどういう方なのかという部分ですが、一言「信頼できる男」。その彼からのオススメ書。「は~い!了解です!」と軽く購入したくなかった。いつもPCの見えるところにある方からのメモを貼っておき、自分の中で気持ちが整理できて純化したら買おうと思っていた。ら、かれこれ数ヶ月経ってしまったが、この数ヶ月は非常に意味がある。この意味は誰にも理解できない意味ですが、意味があったのです。そして、ようやく手元にこの一冊が到着。期が熟したなどという言葉で表現できないぐらいの「純化」をさせました。

 で、すぐ読み込むのか・・・、しばらく、導入だけで置くのか・・・。素敵な素敵な良書の読み方としてはヒット&ウェイだと思っているので、これもそのテイで楽しもうと思っております。いわゆる秋の読書の時期がやってきました。テーマも「金と芸術」です。このマッチングが純化させた価値と捉えております。

ハチに注意!

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 八幡山山頂にて。登山というほどの標高ではありませんが、山頂付近の登山道の入口。ハチに注意だそうです。

近江八幡の街並み。

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 今日はお仕事で八幡山へ来ています。ロープウェーにて山頂へ。珍しく涼しい一日で山頂は涼しい風が吹いていました。琵琶湖も西の湖もちょっとガスってましたがとてもキレイでした。

Flashはどこへ行く?

 まだまだ、アップルはリミッターを外さない構え。堀がそろそろ埋まりかけているよにも思えるし、牙城は今だ顕在のようにも見える。でも、ガチでどうなんだろう?いくらどれだけアップルが城壁を高く、歩兵を装備しようが、民の声は強いはず。まだ、それに対するニーズにことの軸が集約・フォーカスされているからいいが、もっと、大きなニーズがゴロリと動き出したら、どこかでアップルの恩恵を受けてきた人達なんだから養護の向こう側にある厳しい制裁が想定されるように思うのですが、これは、私が田舎に暮らしているからか?都市圏じゃそれがスタンダードなニーズでさらさらっとサファリってるのか?いやいやそうも思えない。そんなにマスメディアに上手くコントロールされるようなニーズではない。ガチでFlashに取り組んできた人間達は人気や体裁でこの技術を使ってきた訳じゃないですから。ガチで本当にグッドなコンテンツを開発して企業の独自性や物語をタイムラインにスクリプトに記述してきた方達なのですから、それを、無碍にしたアップルの罪は大きい。これも試行錯誤いっぱいいっぱいの末の結論なら納得もいくし長い目で見ることもできなくないが、どうやら、本丸ではそうではなさげである。

 誰もアップルの牙城に攻め込もうとはしないかもしれないが、だからと言って新しいニーズを設定し過ぎて古き良き逞しき百花繚乱な技術・表現を排他していると、相対ではなく、誰か個が上から何かを落としますよ。それが鳥のクソレベルなら痛くも痒くもないだろうが、武装した戦闘機ならどうする?たぶん、技術的にそれはそのデバイスの中で動くはずだろうし、この猶予は予定調和かもしれない。弓の糸は引けば引くほど矢を遠くに飛ばすっていうテイでリアクション狙いなら早くリリースしてください。その矢が引きすぎて折れる前に。

 もしくは、Flashに変わる新兵器で今後30年を戦うっていうなら早くそれを対抗馬にください。もしかしてストア的なことやアプリ的なことがそれに代わるでも思っていたらそれこそ裸の殿様状態。「かんたんにFlashができちゃう!」「Flashサイトをテンプレートから作ろう!」「携帯Flashならこのソフト!」っていろいろ次から次へと出てくるがそれほどFlashは鉄板だということ。ハードルが高すぎるのかもしれないが、安易に簡易にお手軽にデベロッパー達と同じ土俵に上がろうとすることがはなはだナンセンス。そんな皆様のつぶやきを彼が聞いていなわけがない。そろそろ軟化してください。一Flasherの独り言でした。

 私は、アドビのFlashが好きなので、世の中の動向がどうなろうが、この刀を手放すつもりは最後までない。

どんな音楽をよく聴くんですか?

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 いろいろな方といろいろなお仕事をしてきた。この仕事を始めた時から比較的外に出してもらっていた。クリエイターです、イラストレーターです、WEBデザインをやていますというと、どうも、インナーなタイプの人間に見られがち。確かに出ない時は徹底的に出ないが、それでも、20代の頃お世話になっていた新宿の会社の頃から、なんでもやらせてもらえた。自分で作って自分で打ち合わせに行き、自分で仕事を頂いてくるということがごく普通にやらせてもらえていた。まぁ、つまり、ということはそれほど大きな大企業ではなく、大きな制作プロダクションではなかったということになるのですが・・・。それが、今思うととてもありがたい。ほんとにいろいろな経験をさせていただけたと感謝しきりである。だから、どんなお客様とでも話をできるし、一回お話した人は必ず覚えていただける。まぁ、この頭(丸坊主)になってからはその印象は確立した。それは、クリエイターのエゴを振りまいて主張してくるというテイではない。逆にいかにしてお客様のお話を聞けるかが勝負。引き出せないとあとで自分が困るからである。でも、なかなか若い頃は緊張が先に出て、打ち合わせや会議に向けて予習していたことが頭から消え、話題も全然あさっての方向になり、何かしゃべらねばしゃべらねば・・・で不快な空気を作っていた。でも、そんなことを繰り返しているうちに、別にネタを用意しなくとも、2~3時間なら平気でどこでも誰とでも会話ができる能力を養ってもらえたと思っております。

 で、デザインやアート以外のことでよく質問されるのが意外とこれ。「どんな音楽を聴くのですか?」である。これもTPOがあるから、一辺倒な直球ではダメ。ご年配の人にヒップホップのアーテストを言ってもNGだし、若い元気な方にジョン・コルトレーンのお話をしてもNG。またまた、音楽をあまり聞かない人に対してディープなロックバンドはNGだし、私は音楽通ですねん!という方にフワフワしたアーティスト名を切りだしてもNG。意外と音楽は?と聞かれて、1秒以内にこんなことを考える。というか、頭が勝手に反射する。

 そんな機会によく答えているのが「美和さんですねぇ~。」である。ドリカムですとはなんか少し恥ずかしくって言えないけど、「美和さん」って言っておけば、なんとなく、質問に対して誠意を込めた答えのように感じらるのと、実際、ドリカムを聞いているわけではなく、ドリカムの音楽というよりも、美和さんの声を聴いているという感覚が強いからである。音楽の傾向がある時、ボーカルの方の声質で好き嫌いを選択していることに気がついてから、「どんな音楽をよく聴くのですか?」という質問に対してはほとんど「美和さん」なのである。もちろん、たぶん、ドリカムの楽曲ならカラオケで相当歌えるはずだし、どんな気分の時でも美和さんの声を聞けば心がなんとも落ち着くのである。これは、今のところ、他のアーティストの追随がない。カエラさんの声も好きだし、ボノの声も、スティングの声も好き。だけど、「どうですこの歌唱力!」というテイの方はあまり聴かない。なんか、エッジが立ちすぎ。エンヤさんも多重だからいいのかもしれないし、ケイト・ブッシュも雰囲気がいいのかもしれない。つまり、声質なのである。

 最近ではまだブレイクしていないが「いいくぼさおり」さんがイチオシですね。

合理性20%、非合理性80%。

 「「人間は合理性20%、非合理性80%で生きる動物だ。」と言われています。数量になって表れる部分(従来の定量型マーケティング)は20%で、それ以外の80%はエモーショナル(感情、情緒、感覚)で、とても計算が難しいものでした。しかし、生活者優先社会で、このモノ余り社会。数量モデルから見えてこないものが数多くあります。落ちこぼれてくるもの次第に増え、ここでポストモダーンマーケティング(定性型)へ大きく軸足を移していきます。今マーケティングの原点は定量調査から定性調査へ。定性とは、結果何%で良し悪しを判断するのではなく「なぜ人はモノを買うのか」という洞察を進めていこう、というアプローチです。結果を分析し、後付けするのではなく、理論と感性で予見できるリサーチに切り換えていこう・・・と。」このように人間を一人の個としてとらえないかぎり、生活者のニーズに合ったものは生まれないからです。こうした時代の流れの中から、生活者の行動の心理の内面に深く入り込んでマーケティングに生かす「コンシューマーインサイト」という手法が拡がっています。」という部分をある書籍から抜粋しましたが、そもそもマーケティングとは確証がなく、例え便宜上マーケティングの結果としての結論がアイドマの法則に適用しようとする段階で合理的になる。合理的はエモーショナルではないのだから、この論理は少しおかしい。仕事上、ヨコモジはよく使うが「コンシューマーインサイト」って分ったような分らないようなとてもエモーショナルな定性です。

 冒頭の20%と80%の関係性もさほど的は得ていない。これも便宜上の定数だろう。この著者は五感を使え、仕事は会社でできない、結論は進行形だなどと上手い表現を駆使しながらも、落とし所が緩い。さすが、某広告代理店のOLD BOYである。こんなことばかり考えていたから、書いていることと、自分自身の感覚のズレに若干気がついていない。そのまま本にしたようです。ほんとに文脈の導入部分はいいのだけれど、中身が定量過ぎて、全然、エモーショナルな感じがしてこない。もしかして、ご本人は素晴らしく五感を研ぎ澄ました方かもしれないが、こうして文脈にすることで体系化せざるをえず、フィッシュボーンになってしまっているのだろうか。ならば、書籍というテイの表現の限界にもしかするとこの著者はトライしたのだろうか・・・?ならば、これは素晴らしいチャレンジである。

 で、導入部分にクリエテイィブでひも解くために歴代の広告の有名コピーを並べたがこれがどうやら、失敗だったかもしれない。ここから仮説を始めるにはもっと後半戦ののびしろが欲しかった(まだ、30Pほど残してあるが・・・)。う~ん、一冊の書籍に自分の考えをまとめ完結させるっていうことはとても大変なことなんだろう。そう言う意味でこの書籍はとても勉強になりました。「真クリエティブ体質:高橋宣行著 発行:PHP研究所」でした。

懐かしきVer1.0の画面。

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 今はVer.14まできたアドビイラストレーターですが、初期はこんなシンプルが画面だったのですね。しかも、モノクロだった。懐かしい、ここまでこの短期間で進化したソフトウエアは少ないだろう。でも、このバージョン01を使う前に実は英語版でイラストレーターを使い始めている。「お前は何歳やねん!」と突っ込まれそうですが46歳です。紙一重でマッキントッシュと出会う1年前にデザインの業界に入らせていただけたので、デザインという仕事の最初の段階はPC抜きでした。次第にこれ抜きでは考えられなくなりニーズに合わせてバージョンを上げ、必要に応じて技術を磨いてきたつもり。だが、この技術、どこかの専門学校で学んだ経験値がないし、短期間でもこれについてのレクチャーを誰かに伝授して頂いたわけでもない。最初にマッキントッシュの電源を入れたのが南新宿の展示会場。で、そこの方に使い方だけを教わりあとは英語版のマニュアルと格闘の日々。でも、何か未知の道具を使ってデザインをしているドキドキ感は今でも忘れない。

 時を経てバージョンは14になったが、そういう出会い方をしたものだから、そういう学び方・会得方法を踏んできたものだから、このソフトを頭で考えて使うことができない。だから、最新のテキスト本を購入していろいろチュートリアルをやってみるが、新しいことばかり。たぶん、おそらく、最新のイラストレーターの機能が100個あるとしたら、その中の15ぐらいしか今でも使っていないと思う。長く御世話になっているのにこの始末。でも、仕事に支障はなかったし、さらに言えば、バージョン8.0がメイン。だって、9.0と10.0は不良品だし、CSになってあまり便利になったとも思えないし、逆に8.0が長いのでショートカットが不便。CSも1~4でいろいろショートカットが変わっていたり、プラグインで旧バージョンの機能をビルドアップしてるらしいが、ならば、8.0でいいじゃん!

 私自身、イラストレーターというソフトウエアは8.0で完成したと考えているので、あとのバージョンはオプションだと思っています。CS使って重たいデータを作るのはキライ。サクサクっとスッキリと引き算のデザインをしたいなら、8.0で充分、というより、8.0がベスト。この感覚はCSから入った人には伝わらないかもしれないが、デザインを複雑に考え過ぎてアドビはいろいろ付けちゃったが、明らかに蛇足。本来こだわるなら、別のアプリ(ソフトウエア)でこだわるべきなのに、味噌もクソもとは言わないが、イラストレーターのポテンシャルの上に余計な装飾を付け過ぎた。

 ああ、懐かしき1.0のテイスト。このドキドキを忘れないようにという意味を込めてここに改めて掲載します。懐かしぃ~!

多機能?過機能?

 確かに、最近の携帯電話は何がしたいのか?売れるための試行錯誤は嬉しいし何でもこのコンパクトなデバイスに盛り込めるのは素敵なことですが、どんだけ!?そのうちこの機器は途方もない進化をするかもしれない。これはつまり人間のニーズのフィードバック。電話からメールへ人間のコミュニケーションもノイズが消えるかわりに劣化しているようにも感じる。伝えるだけならメールでいいが、それでは情報のディテールが見えてこない。見えてこないから想像する。人間、想像している時はその想像力をほとんどネガティブな方向に使っているらしい。というか、想像力とはそもそもネガティブな危険を回避したり、天災や自然界から生命を保護するために育まれた能力である。だから、へ~いわな国の膨れ上がった人間のニーズを満たすためだけに携帯電話が無駄な変態を繰り返す。蝶になればいいが、蛾だったらショックだなぁ~。蛾ならいいが、もう一回幼虫だったらそれもショック。「天地の間にあるすべてのものを欲するは. 人の業というもの~」らしいが、さて、携帯電話戦線は今後どこまで激化するのだろう?

生物の多様性に対する取り組み。

 「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)やラムサール条約のように、特定の行為や特定の生息地のみを対象とするのではなく、野生生物保護の枠組みを広げ、地球上の生物の多様性を包括的に保全することが、この条約の目的である。また、生物多様性の保全だけでなく、「持続可能な利用」を明記していることも特徴の一つである。条約加盟国は、生物多様性の保全と持続可能な利用を目的とする国家戦略または国家計画を作成・実行する義務を負う。また、重要な地域・種の特定とモニタリングを行うことになっている。さらに、生物多様性の持続可能な利用のための措置として、持続可能な利用の政策への組み込みや、先住民の伝統的な薬法など、利用に関する伝統的・文化的慣行の保護・奨励についても規定されている。この他、遺伝資源の利用に関しては、資源利用による利益を資源提供国と資源利用国が公正かつ衡平に配分すること、また途上国への技術移転を公正で最も有利な条件で実施することが求められている。また、この条約には、先進国の資金により開発途上国の取り組みを支援する資金援助の仕組みと、先進国の技術を開発途上国に提供する技術協力の仕組みがあり、経済的・技術的な理由から生物多様性の保全と持続可能な利用のための取り組みが十分でない開発途上国に対する支援が行われることが定められている。さらに、生物多様性に関する情報交換や調査研究を各国が協力して行うことになっている。この計画策定作業を促進するために、1995年にWRI、IUCN、UNEPが作成した「生物多様性計画ガイドライン」が重要参考資料として指定されている。」という基盤から起こった取り組みらしい。

 日本でも様々な取組みが1992年あたりから多大な財政的支援を展開し里山、干潟などを含めた国土全体の生物多様性の保全、自然再生の推進、多様な主体の参加と連携などの内容を盛り込んだ改訂を行っている、きたらしい。

 最近、なんとなく目にする活字なものだから、気になってリサーチしたらこんなことのようです。生物の多様性ということですが、その生物の中に「人間」も含まれていることがどうもリサーチしている情報の中には相変わらずニュアンスとして含まれていない。リサーチした情報の編集が偏っているのかもしれないし、ある断片的な部分しかまだリサーチできないからだろうが、自らの存在さえも保全できないタイプもいることをこの取り組みの中心にいる人達はどう捉えている。多大な財政的支援はあるならすればいいが、地球上でもっとも多様なのは人間だろうから、そこをもっと改善するというか、もっと、突き詰めることに財政的支援をしてもいいのではないだろうか。リサーチ不足だからしていることに気がつかないだけかもしれないが、どうも「生物」=「人間以外の生物」というニュアンスが否めない。

 間違いなく、自然界における生物たちの輪廻転生は安定したサイクルを繰り返し誕生淘汰を繰り返してきた。それを崩したのは進化や進歩の旨味を知った人間だけだろう。それが、改めて自分達だけの価値感で「生物の多様性」と言及している部分がとても気になる。そりゃ、第9地区の賢者もマイホームに帰りたいと思うはず。南アが舞台だったこの映画のそういう意味背景は大きい。エビ達は言っているのだろう、「毛のない猿達がたぶんこの星を滅ぼすぞ・・・」と。

MovableType5の展開。

 「2009年11月、約2年ぶりのメジャーバージョンアップした「MovableType5」は、シックス・アパート株式会社がイニシアティブを持ち、ユーザーの声を反映して開発された。元々、MTはブログを管理するソフトウエアでしたが、ブロガーだけでなく、次第にWeb制作の現場でCMSとして使われる機会が増えてきたことにより、MT5はCMSの機能を強化し、「何でもできる」から「誰でもできる」CMSをキーダードとして誕生しました。その機能には隋所にユーザーの声が反映されています。」ということが2010年3月に執筆された書籍に書いてある。私はMT4.2を比較的長く使っているが、それでも、このMT5の解説書には私自身が4~5冊の書籍から得たMT4.2の知識以外にも、応用編があるらしい。そして、根本的なMT5へのバージョンアップを受けたとされている「ユーザーの声」の方向性が改めてこの書籍で明らかになった気持ちです。「そうかそうかニーズはこなっていたから、この機能が負荷されたのか。」「なるほどなるほど、世の中のCMSを構築するクリエイターの皆様はこう考えているのか。」あたりの導入部分がちょっと理解できた気がします。これは、まぁ、当然の流れだと認識できる部分と、それを具体的に機能に反映・適用した場合、それはどの機能でどう活用するのか???という部分がこの書籍には書かれているようです。まぁ、MT5へのアプローチはこれが1冊目。たぶん、この一冊では終わらないので、これを機にMT5に精通していきたいと考えております。

 管理画面の機能性やモジュールやテンプレがいろいろ分解されて便利になっているようですし、プラグインも国内のCMSソースでは一番リアルに充実しているらしいから、やはり、現時点でCMSはMT5という結論でよさげですね。

 しかし、日夜このことばかりを頭に置き、試行錯誤に取り組んでおられるデベロッパーさんがおられることを改めて感謝したい。ニーズがあるから精進されるのか、たまたま皆様のベクトルの先にニーズが芽生えるのか。いずれにしても、素敵なWORKSでありリスペクト。

サイエンス・フィクションの定義。

 最近のSFチックな映画となるとたぶん「アバター」となるのだろうけれど、ちょっと、SFというニュアンスが少ないような気がする。物語のベースを海外のSF小説から脚本化するテイは過去にいろいろあったが、いずれも、原作のニュアンスだけを2時間以内に編集するものだから壮大な物語の一部分の切り取りか、ごぉ~いと短縮するパターンか、テイストだけをベースに人間ドラマにフォーカスしたりするパターンが多いので、ガチで小説の原作を忠実に映画にする技術的な壁やそれに伴うコストの関係があるのだろう。まぁ、何十、何百億という予算のことだから、どう関係あるかも想定外の外ですが、このSF小説が映画になったらなぁ~、ええっ!この映画にはこんな原作があったのかぁ~!みたいな本と映画の関係においてサイエンス・フィクションのジャンルが縮小しているように感じる。

 そう言えば、「第9地区」もSF映画なんですが、切り口ばかりがクローズアップされてあの武器や宇宙人の設定へのこだわりの秀逸さは意外とスルーされているような気がする。まぁ、カチャンカチャンカチャンって変形ロボットが出たらSFでもないし、未知の力の大戦争でもSFではない。勇敢な王子が美しい姫を幻獣から救うのもSFではない。例えば「クローバーフィールド」などはあれはSFなんだろうか?それに、「ミスト」や「フォーガットン」や「デジャヴ」はSFになるのだろか?それほど科学というジャンルが細かく分解されて粉末になって飲みやすくなったということだろうか?

 そもそも、定義など関係なく、科学的根拠や仮説をベースに非現実的な物語の中で展開される描かれる人間像こそが醍醐味であるはず。つまり、SFとはもう死語なのかもしれないが、科学的な根拠をベースに日本の映画を観ると、実につまらない。何故に?と思うほどつまらない。最高峰はたぶん東野さんだろうが、それでも、軸はSFではない。古いところで小松さんなどが築いたルートで「神様の~」とか「戦国~」とかあるが、まぁ、科学的根拠や背景描写が雑である。たぶん、監督のポテンシャルがそこのベクトルに向かっていないからという理由と、そこをこだわって描いても観る側に伝わらないといういう製作側の声が聞こえてくる。つまり、イタチゲームなのである。このループを一旦ほぐすことはできないのだろうか・・・。あたりの視点で「ちょっとSFちっくに」というカテゴリーを着想しました。まぁ、時にシートンやファーブルのお話になったり、ミクロのお話になったり、宇宙のお話になったりするかもしれませんが、そうなっても、どうぞ、おつきあいくださいませ。

運動会の季節。

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 少し涼しくなったとは言え本日もまだまだ暑かった。運動会の季節、ほんとに準備している先生方は大変だろう。しかし、これも年間行事、ほんとにお疲れ様である。父兄的には観覧席で観てるだけでPTAの役員さん以外は楽な感じで観戦・応援・撮影体制。

 しかし、運動ってどうしても自分がやるテイで捉えてしまうので、野球でもゴルフでもあまりプロの試合を観戦することはない。たまたまタイミングがあって機会があれば、観戦もしなくはないが、やはり、スポーツ競技は自分がやっていたい。でも、運動会は観ているとなんだか心の真ん中が熱くなる。まぁ、今から学生に交じって学生気分で運動会に出てたらそれはそれで危険人物だから、父兄として観覧席で応援しかないのですが、それでも、学校の運動会は心が熱くなりますね。

 たぶん、自分の時のことをどこかで想い出してシンクロさせていたり、あの頃から随分時間が経ったなぁ~などと回想回帰に胸が熱くなっているからだろう。フィールドの中で同じ体操服を来て100mを全力で走ったり、クラス全員で無我夢中に綱を引く。駆け引きなしの、フェイク・トラップ・リスクなしの全力モード。これが目の前で展開されているから心の真ん中が熱くなるのかもしれない。

 ここに心がシンクロしている内はまだまだ健康とは自分にとって何ぞやを語れる権利ありだと思っているのですが、これはXXXの冷や水に近い状態なんだろうか・・・?

なぜ終わる?爆笑レッドシアター!

 なぜ?レッドシアターが終わってしまうのか?とても視聴率が悪かったとは思えない。番組作りにコストがかかっていたとも思えない。それに対抗する番組には期待していいのか?いろいろな疑問が渦ます。ウッチャンの体調不良なのか?かなり現在のテレビはお笑いの方に負荷がかかりすぎ、頼り過ぎです。適当なワンパターンの演出と箱の中であとはお笑い芸人さんのポテンシャル任せ。もしくは、コストの安い人達とひな壇に集めて「仰天映像」か「グルメ」か「ペット」ではい1時間みたいな番組が横行しているのに、なぜ?なぜ?レッドシアターが終わるのか???

 「我が家」さんの杉山さんが怪我をされていたが、「我が家」さんの人気がこの番組スタート地点より落ちているとは思えないし、3名のセンスやネタのクオリティーが下がっているとは思えない。これから、「我が家」さんの3名はさらに上のランクに行かれるだろう。だから、原因は「我が家」さん達ではない。

 ということは・・・。続きは今から1時間後に書き始めます。

 ということは、「しずる」さん?いやいや最近の露出具合から判断してタレントとしての価値が下がる感じはない、「ロッチ」さん?「フルポン」さん?う~ん、大丈夫だろう。まして、「加奈子」さんに至ってはそんなはずは絶対にないし、「Mr.カノウ」だって、ポテンシャルや扱い方は別としてタレントの勢いとして下降線は見えない。

 で、一番大好き(現在のお笑い芸人さんの中でフェイバリットです。)の「ジャルジャル」さんに至ってはたぶんレッドシアターが始まるテイから確実にメディアに浸透しておられる。さらに、海外での認知度やネタへのリスペクト度は若手というか現在の芸人さんの中でも相当のクラスであるはず。後藤さん、福徳さんのポテンシャルは計り知れない。

 ならば、なぜ、終わるのか?たぶん、理由はそれぞれにある一定のネタのクオリティーを維持できる時間が忙しくなり過ぎてキープできなくなったジレンマではないだろうか。レッドシアターの1時間は本当に次から次へとキャラが生まれそのキャラがキャラに頼らずしっかりとネタとして成立している完成度を感じる。他のお笑い番組の比ではない。他のお笑い番組は企画に芸人のキャラが乗っかっているだけであり、レッドシアターの皆さんのネタは群を抜いて高いからだろう。毎週、新しい展開を見れなくなるは残念だが、適当なテレビ用のプログラムの上で適当にキャラを出しているレッドシアターのメンバーを観たくないという気持ちもあるから、このファーストステージ終了は言わば納得かもしれない。

 いいネタを観たいので、ぜひ、ファーストステージのテイストを生かした上で、バージョンアップしたレッドシアターセカンドステージを次の機会に拝見させて欲しいと思いますね。ウッチャンはタレントのことをよく理解してしかも自分でもチョイチョイ登場しながらのMCでしたから、ほんと最適な判断をされたと思います。

 小柳、良かったです。悪魔:「まだまだ視聴率は維持できるからこのまま適度に続けましょうよ・・・。」天使:「いやいや、クオリティーが低いネタを見せるのは自分達のプライドが許さないのでやはりここは苦渋の決断で・・・。」小柳:「一旦私に預けて・・・。」3名:「さぁ!どうする!」

「認定資格」好きだなぁ~!

 「「アップル認定資格」をご存知でしょうか?これはアップルが公式にMac OS Xの知識を試験し、合格者に対して「認定資格」を与えるというものです。実はこの資格、一般ユーザでも手軽に取得可能です。とはいっても、取得するための試験を受ける方法や問題の形式はどうなっているのかということはあまり知られていません。そこで、今回は認定資格の中でも基本となる「アップル認定サポートプロフェッショナル」の試験の申し込みから勉強方法の解説を行います。また、実際にアップル認定資格を撮りたい、Mac OS Xの知識を体系的に学びたいという方向けに、試験対策イベントを9月14日(火)に実施します。」ということですが、これは誰が得をするの?

 ところで「公式にMac OS Xの知識」って何?Macにはかれこれ23歳の時から23年近くお世話になってきていますが、あまりというか、全然、ここまでの知識って必要なかったじゃん!で、改めて「公式」って言われても・・・。まぁ、世の中、なんでもかんでも「公式認定資格」が幅を効かせていますが、それほど・・・。だから、情報のディテールとして、次のお話を聞かせてほしい。何も今からアップルに入社するつもりはないし、もっと汎用的な応用力のある知識やスキルや経験値が求められているんですから、この試験に合格することがどう汎用的なのか?こそが情報のディテールとして知りたいですね。

 それとも認定資格がないと使えないほど「Mac OS X」はゆるいのか???

40年前のイライザ。

 イライザの詳しくはこちらをご確認ください。

 で、これが現代のいろいろなデジタルデバイスというかプログラムの元祖みたいな存在なのだろうが、その基本的な機能を見て改めてびっくりする。いわゆる「おうむ返しプログラム」が人間の脳が心地いいと感じてしまうこのディテール。確かに!という部分を強く感じてしまうだけにこのイライザの意義は大きい。つまり、安心させるためだけなら、プログラムのように中身がなくとも、伝えたことをやまびこのように返すだけで人間は安心感を感じるということで、それが人間の安心の本質だとしたらちょっと引く。って、自分もそうかもしれないし、「実は~」みたいな相談モードで心の澱を語ったとしてもそれが誰であれしっかりと聞いてくれて、適切なアドバイスなどなくとも、やまびこのように1対1で反響してくるだけで悩みが解決していしまうのかもしれない。う~ん、人間って単純だ。

 逆に反論されたり、上からのアドバイス的なことを、聞いた側は一生懸命真摯に語ったところで、落ち込んでいる人には「心地の悪いノイズ」にしか聞こえていないのかもしれない。禅には「善友」という言葉・価値感があるらしい。共に時間を過ごす人の中で自分自身の心がどう反応するかで「善友」であるか否かが振り分けられてるらしい。それを知る手法として瞑想による自意識のなんたらかんたら~だそうである。まぁ、ここらへんのメンドクサイことはさて置き、確かに自分自身にとっての「善友」とは誰なのか?という部分、改めて自分を知るサインのようですね。

 だから、日本の政治家は全員一旦どこか海外に移住して頂き、IT技術で業務を行っていただき、イライザ的なAIを総理大臣にしてシンボル化する。で、国民はそのプログラムに対して国政を語っていただくみたいな。結果、無駄なノイズがなくなって日本が透き通ったらよし、沈滞するようだったらプログラムに集まったアーカイブを解析してそれぞれのエキパの人がこのプログラムをそれぞれの分野でバージョンアップしていけば、一歩前へ進める国政が可能なんじゃないの?

 で、移住した人たちはそのままそこで余生を過ごしてください~みたいな。結果、必要なかったのだから・・・、ということで。これってかなり抜本的のような気がします。しませんか?アシモフ博士だけは理解してくださるだろう。

二毛作か・・・。

 お昼はランチを提供して、夜は居酒屋もしくはショットバーという「飲食店の二毛作」が展開されているらしい。それぞれの時間帯にマッチさせてニーズを捉えたやり方なのでしょう。私は料理もお酒の知識もないのでお店をかまえてお客様に料理を出したり気の利いたお酒をふるまうということを同じ店舗で展開するという感覚がよく見えない。不景気な今の時代を反映するやり方だと思うから、確実にコスト削減になりメリットが多いから展開されているのだろう。

 食材を仕入れてメニューを決めて料理するという一連の流れの中にそのお店の特長というか料理長様や経営者の想いや狙いやプランが注ぎ込まれ、それを信頼したお客様が足を運ぶ、で、成立するビジネスモデルなんだろうから、いい食材を安く仕入れる眼力や訪れるお客様のニーズにマッチさせ、新しいメニューを構想しながら常にお客様を飽きさせない工夫と人間味・・・みたいなことがこのお仕事の錬金術のような気がします。が、この商売をやったことがないので、的外れだったらN料理長ごめんなさい。

 で、企画・デザイン・WEB・印刷という業務体系はどうなんだろう?すでに、この項目を見た段階で「四毛作」である。しかし、これらを分解していくと、もっと、複雑に営業品目は多岐・多種にわたる。そして、どこから仕事でどこまでが仕事みたいなライン引きも現金ビジネスではないので、ライン取りが難しい。そもそも、ニーズにマッチさせるってことでは、ニーズはお客様の数だけあり、食材となると、世の中に存在るするありとあらゆる存在(存在しないものも・・・)が食材であり、それを、お客様の数だけのメニューにするために必要な知識・知恵・技術・感性となると、そのX(食材)×Y(ニーズ)×Z(スキル&センス)=???たるやとてつもない物理定数になるだろう。だから、この???毛作が楽しくない人は???の数だけストレスを抱えることになる。ここの適性は学校では判断できないのでまたこれが辛かった・・・。

MONKEY・KENさんか・・・。

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 世界は広く狭い、音楽は大きく深い。時に知ることで愕然とするインパクトを得る場合と無味乾燥な自分を感じるケースの二つに分かれるような気がする。「聞く」ということに身体が心が自我が反射してるのだから仕方ない。条件反射なら自律神経も意識できなくもないが、反射ならどうしようもない。反射はの本能か?反射は必然が?音楽のジャンルに「この部分にだけはこだっています」的なこだわりはない。どんなジャンルでもどんな人でもどんな楽曲でも聞いてから反射で決めればいいと思っている。しかし、数多の作品の中からこうして出会えた一期一会には何か意味があるはず。それが何かを考えず感じられたらそのアーティストは私にとってサイン。あと何回聞くだろうと考えてしまう音楽ならたぶん数えるほどだろうし、何度聞いても新しい楽曲はどんな気分の時でも新しい。音楽は不思議だ。時間軸にメロディとリズムが並ぶこの綾になぜこれほど心が反射するのだろうか。音楽とは不思議な表現形態である。時に時間の経過も超えて音が心を揺さぶるのだから・・・。

勇ましい顔です。

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 うちのバカ犬とは顔つきが違う。なんと勇ましいゆったりと大きな器のワンちゃんだろう。歩く姿も勇ましく堂々としている。う~ん、同じ犬なのに・・・。

30分のランニング開始。

 今週、月曜日から夕食前に40~50分のランニング(ジョギング)を開始した。まだまだ、蒸し暑い感じでしたが、9月になってちょっとは夜が楽になったような気がしたのでランニングを開始した。まぁ、初日は膝も股関節も痛くなったし、最後はもうはぁはぁでトボトボと歩いていた。しかし、昨日3日目はイメージ通りに走れた。勿論、筋肉は全身痛いが実はそこが味噌。ランニングなど普通の日常生活ではないから、それを始めた翌日は絶対にどこかが痛くなる。若い時ならこの痛みは1日で完治するが、45歳を超えると2~3日かかる。だから、痛くても走る。すると、4日目ぐらいからふっと心臓も間接も筋肉も安定してくる。

 よくいる「3日坊主タイプ」は3日目にドカンといろいろな波が押し寄せて、「やぁ~めた!」となるのであって、そこをクリアすれば、日課として定着するパターンが多いと思う。ちょうど、今日はその4日目。いつも走っているコースをどれぐらいの感覚でクリアできるかが楽しみ。

 お陰さまで腰も首も安定しているし、全体的な痛みなら筋肉だろうし、部位的に痛みが1ポイントに集中するようだったら、その段階でしばらく休むが基本。この歳で若い時のような無理をしてもあまり健康という視点で効果的でないし、精神安定上もいい状態ではないので、自分のモノサシで「走って気持ちいい」「山の風景を見て気持ちいい」「バーディーパットが気持ちいい」というレベルを維持できればと思って走っています。

 まぁ、希望的観測ですが、台風も一本行ったことだし、もう熱帯夜はないだろう。

迂闊だった。「岳(gaku)」は現在第12巻。

 昨日、書店に行くと、なんとコミックス「岳(gaku)」の最新刊が第12巻だったことを初めて知る。その上、第10巻を買っていなったかったことにも気がつく始末。これは迂闊2本である。何故、こうもう長期間スルーしてしまったのか・・・、けっこう密度の高いチェックを書店でいつもしているのに・・・。迂闊だった。で、早速、3冊(10~12巻)を購入しました。

 ほんとに、これは第1巻からですが、登山ブームの火付け役と称されようが、映画が来年公開されようが、このコミックの編集者チームは素晴らしい。三歩さんのキャラや話のテイスト、登場人物の関係や物語物語毎のフィーリングを全く変えておらない。次から次へと展開される山が好きな人達のドラマ。こんなマンガがほんとうに今の時代、人気を博しているということ。マンガファンとして同じテイストを楽しんでいるという共有感が素晴らしい。

 で、もし、そんな人達と北アルプスで出会ったらもう最高だろうなぁ~。しかし、迂闊だった。

映画「岳(gaku)」クランクアップ!

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 ようやく映画「岳(gaku)」がクランクアップしたようですね。楽しみです。公開はやっぱ冬だろうか?三歩さんの豪快なキャラを誰がと思っていたら小栗旬さんだった。かなりの筋力的にも脚力的にも三歩さんはマンガの物語の中で豪快だから、さて・・・どうだろうか・・・?と思っていたのですが、こうして二人の三歩さんと久美ちゃんの絵を見るとさすが、なんかマッチしています。どのお話がチョイスされるのか?映画用の本があるのか?穂高の美しい四季を見ることができるのだろう。いろいろな意味で楽しみな映画である。

「岳(ガク)」第11巻出ました。

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 映画も無事クランクアップしたようですね。最新刊買いに行こう。

カエラママですね。

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 11月ご結婚と出産予定とのことですね。もう、ママな感じなのですね・・・。

世界遺産ってやっぱすげぇ~!

 日曜日の午後6時からの番組で毎週欠かさず見ている「世界遺産」という30分のテレビ番組。これは、絶対にDVDにして欲しい。いつもいつもよくこんな映像がテレビで観れるものだと感激している。やっぱテレビなんだからこれぐらいの映像が欲しい。空撮あり検証あり博士のコメントありでもう盛りだくさん。で、深津絵里さんのナレがまたマッチしてグッド。この30分はほんとに世界遺産に心を奪われています。もう、安いテレビプログラムと仰天映像ばかりが目立つのでこんなテレビプログラムは非常に価値がありますね。たぶん、恐らく、絶対に一生の中で訪れることのない地。それを30分テレビで観れるってことでなんか豊かな心地になります。

 で、琵琶湖が世界遺産になるとかならないとかというお話がありますが、なったらなったで嬉しいですが、他の有名な世界遺産と比較して、さぁ~て、どうだろう???

詳しくはこちらをご確認ください。http://www.tbs.co.jp/heritage/

刺激の上書き。

 人間の本能はネガティブなことや悪いと判断する刺激に対して貪欲であるらしい。確かにいろいろモヤモヤしている時や失敗した時など、かなり心臓がドキドキする。本人的には失敗したりネガティブな状態で、気持ち的にはなんともモヤモヤで嫌なフィーリングなのですが、実はそれ、身体的には求めているから始末が悪いらしい。筋肉は痛い状況や辛い状況を本能的に求めているらしい。う~ん、やっかいな身体である。しかし、心は後天的に学習能力があるために、いつまでもモヤモヤしている状態や苦痛な状態を良しとしない進化・進歩を始めるからこの身体の本能を制御しようとるす。そこに、人間の試行錯誤の長~い歴史があるらしい。こんな簡単に人間の身体と心の歴史を切り取っても、「これだけ?」ってことなるのですが、いやいや、始まりはシンプルだったそうだという仮説です。

 で、その試行錯誤の代表が恐らく「宗教」であり、「偶像崇拝」なのかな・・・と。このことをあくまでも仮説レベルですが、頭に入れてこういうアプローチもあるんだ程度で心に止めておくと、今、自分自身が感じている、気持ちや心の動きの意味や意義やそのパーツパーツの連結部分が見えてくるのではないでしょうか。その場合、心の学習を怠り安易な時間つぶしに心が奪われ続けると、その学習もままならないないそうです。学校で教室で「勉強中」だけが勉強・学習ではないので、もう一度、学ぶことの本質を見極める時期に今日本は来ているとも考えられなくない。この点では、完全にヨーロッパはいろいろな手を打っているらしい。金銭的な豊さではなく、もっと、広く優しいフラットな豊さというか、古来継承されてきて、これからもずっと継承されなければならない部分での豊さというか。

 そのためにも、とりあえず安易な刺激をブロックすることで、自分のパイを一旦冷静に見つめましょうということらしい。容姿は鏡に映るけど、心や本質は何に映るの?となるそうですが、それは、「他人」だそうですね。まぁ、他人にもいろいろありますが、自分のパイがどう映るかと同じぐらいに、いろいろな人との関わりの中でその人に映った「自分」を見て確認しなさいということ。これしかないそうですね。だから、インターネットとかゲームで時間を潰していると、今の自分が見えなくなってしまって、五感も鈍るってことらしいですね。なるほどなるほど。人のライフスタイルとはどのような写輪眼を持ち、それで、何をコピーするか、そして、どんな幻術を見せられるかでカタチづくられているとも言えなくないですね。

イモトさん最高です!

 イモトアヤコさんがモンブランの山頂を制覇された。たった1時間の番組プログラムにしておくには惜しい。もっともっと、密着取材で3時間ぐらいのスペシャル企画にして欲しかった。選挙とか政治とかワンパターンなニュースは文字だけでいいから、もう、あの二人の絵はテレビに映してほしくない。もう、すべてメンドクサイ。

 モンブランがどういう山なのか、その困難なテイドがどれほどなのか、テレビの映像を見ながらできるだけ感じ取ろうとしながらのイモトさんの応援。ほんとにほんとに、恐怖と寒さと疲労は人間の限度を超えているのだろう。美しすぎる風景もあの疲労困憊の中では心に映らないのか。身体を動かすのはただただ山頂に立つという強い意志だけ。いつものキャラのセーラー服を脱いで、慣れない装備と道具を身につけイモトさんはモンブランの山頂に立った。あのクレバス、あの斜面、あの風・・・。素晴らしい。

 そして、それをサポートする最強の男達。完璧なフォローアップにカメラマンの映像。ひさびさに素敵なテレビ番組を観た気がした。小手先のテレビの企画がもううすっぺらすぎて終わってすぐにテレビを消した。モンブランか・・・、たぶん、行くことはないだろうし、アタックすることもないだろう。でも、やはり、冬の極寒の山に登りたいと思った。日本なら剣岳だろう。

 で、たぶん、おそらく、もうイモトアヤコさんはタレントとしての人気が落ちても女性プロ登山家として成立するだろうし、この経験を踏まえて、また、書籍を書いてほしいと思います。しかし、カメラが回っているとはいえ、よくしゃべる人だ・・・。しかし、最後のヘリのシーンは必要なかったかもしれないが、逆に自分の足でそこに立つ意義や価値が強調されて良かったのかもしれない。バカ石崎はいいキャラである。

パソコン教室「寺子屋」さん。

 一時、チェーン展開をしてよく滋賀県内の街角で見かけたパソコン教室「寺子屋」さん。言わば、年配の方やOLの方がパソコンのいろはを学ぶというテイの業務。そのシステムはいろいろなコースがあり、毎月4~10回に分けて80分毎に用意されたテキストとPCの練習用のチュートを自分自身で進めていく。で、教室にはそれぞれインストラクターの方がおられてそのチュートで不明な部分を聞いたり簡単な技術的レクチャーを受けるというシステム。売り文句的には「短期間で実力がつくます。」「あなたの実力に合わせて学習できるから安心!」となっている。確かになんのきっかけもない方がじっくりとPCに向かうにはとてもいい場でありタイミングを提供しておられると思います。

 費用的にも入会金が¥10,000で、あとは各コースに分かれて月額¥5,000~¥10,0000程度。これなら本当にパソコンを始めたい人にしてみれは最低限度の出費で抑えられている。それにテキストが¥2,500とのことですから、非常にコストパフォーマンス的には的を得たニーズにマッチしたビジネスモデルだと言えます。ただ、昨今のPCの社会への浸透率を考えると、大学や専門学校でPCの基礎を学びあとは個人がどれだけ求めるかで練習の密度がのびしろに影響するのでしょうが、一般的なレベルで言えばこのような「寺子屋」さんというニーズはまだまだ存在するようです。

 近いところで長浜平和堂の4階にある「寺子屋」さんは、長浜駅からもすぐですし、ちょっと買い物の前後に80分パソコンをかじるというテイでは最適なような気がします。アプローチしやすいと思います。詳しくはTEL.0749-64-3370若林さんまでお問い合わせください。明るい教室でパソコンの台数も豊富なのでとても利便性は高いと思います。無料体験コーナー(要予約)もあるそうです。

海外TVシリーズ「HEROS-3」

 なんかのタイミングでフォロが中断していた海外TVシリーズ「ヒーローズ3」。シリーズ1と2はなかなかだったが、なんだろう・・・、ちょっと、サードステージのDISC1と2を観てちょっと休憩と思ったのだろうか。しかし、サンミュージックさん(地元のレンタルショップさん)の店員さんにレンタルの履歴を調べてもらったらDISC2まで借りておられますね・・・とのこと。う~ん、全然覚えていない。でも、まぁ、店員さんを信じて、DISC3と4をレンタル。なかなか、話が無意味なところで複雑なりつつも、結局、お父さん!お父さんが悪そう。でも、まだまだ、TVシリーズだから2転3転あるだろなぁ~という段階です。

 それよりも、なぜ、サードステージのDISC1と2だけ観てあとを観ていなかったのか???このことの方が映画より気になって気になって、しかも、2の話の続きもそれほど覚えていないので、前回までのあらすじでボヤァ~とした再スタートでした。いろいろな能力者が登場しながら~の、ファーストステージからの役者さんがそれぞれ深く表現されていてその絡み合いが面白い。が、やはり、話が複雑になっていく一方で、それぞれの能力がもう普通になってしまって、刺激という点ではもう「空を飛んであたりまえ」「手から火が出てあたりまえ」「他人の心を操ってあたりまえ」「過去に未来に行きまくってあたりまえ」になってしまっているのがちょっと怖い。どれひとつ不可能な能力者ばかりだから、「うん、こんな能力あったらもっと他のことに使うなぁ~」とか「なんでそれだけこの能力者達は協調性があるのか?」とか、メインのストーりーとは別の次元に気持ちが逸れてします。もし、自分が手も触れずにモノを自由に動かせたら・・・日本の政治家をなんとかしたり・・・ってこれもサイコかもれないなぁ~。

 うん?これが2まで観てその後を観なくなった理由かも・・・?

詳しくはこちらをご確認ください。http://www.heroes-tv.jp/

OKI_Microline_Pro930PS-S

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 現在、カラーレーザーを何にしようかと検討しているデザイン会社のオーナーの皆様へOKI_Microline_Pro930PS-Sはガチでいいっすよ!なんでこれが4年前に出ててくれなかったのか!リサーチ不足だったことがこうも悔やまれる。メーカーXさん、この機会損失の4年間と無駄に支払ったサポート費用を返してほしい~!とは言いませんが、それに近い感覚ですよ、これが。

 で、もう終わったことは気にしたくはないですが、ずっとずっと4年間、安定したプリントアウトが得られないまま保守費用を払い続けたプリンターXとは格段の安定度とクリアな繊細なカラー出力です。でも、これって普通なんだろうけど、前のメーカーのプリンターと振幅が大きすぎてとても嬉しいとても得した感覚です。これで5年は安心安心。

 ぜひ、デザイン会社のオーナーの皆様、「OKI_Microline_Pro930PS-S」はいいっすよ!!!

詳しくはこちらをご確認ください。http://www.okidata.co.jp/products/color/mlpro930/index.html

チョップ君、顔が怖いぞ。

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 あまりもの暑さにチョップ君は会社の中に避難中。目が怖いぞ。

MacでWindowsを楽しもう!?

 「もっと快適にMacでWindowsを楽しもう!VMware Fusion 3 アップグレード 1,000円引きキャンペーン。」というメルマガが到着した。知ってか知らずか、そもそもどういうターゲットを設定しているのだろうか?この商品は。何故、MACでWINDOWSを楽しむ必要があるのか?それに、それはそれほど楽しいのか?うん?WINDOWSってそもそも楽しいのか?もう、軸足の見えないキャッチコピーに思わず、その先をクリックしてしまった。結果は勿論グズグズ。あまりにもフワフワし過ぎた商品だったためにそれに対するコメントは特になし。

直感とセオリー。

 何事も基本が大切・・・というセオリーがある。しかし、何か新しいことを始める場合、基本を知識としてインプットして経験を積み重ねエキパになる。その途中でいくつもの壁にぶちあたり試行錯誤することが学習であり、この会得するスピードやレベルの度合はいったい何で決まるのだろう?ほんとに基本は大切なのか?日本ってやはりどこか基本から始めましょう的なノリだし、ひとつのことに一生懸命取り組むことをどこかよしとする風潮というか慣習というか感覚がある。あまり、スポーツや趣味などもいろいろマルチな人間を重んじないというかリスペクトしない傾向にあるように感じます。それはまぁそれでいい面もあるのでしょうけれど、何か違うよなぁと思い始めたのは大阪芸大に入学したあたりから。高校までに出会ったいろいろな人間とは世界が360度広がった。自分自身も高校生だったことも深く関係しているのでしょうけれど、視野が狭かった。狭いことは決して悪いことではないが、できれば広い視野があり、その視界の角度なんかを自由にコントロールできる方が人生楽しいと、思うようになったのもこの頃。そこから、あまりセオリーを信じなくなったし体系的な見地からのアドバイスを鵜呑みにしなくなった。というより、拒絶・否定・無反応になってしまった。決して不感ということでもないのですが、それに近い感覚を自分の中の基準としてよしとするような。

 で、ゴルフのお話。27歳の頃、和歌山の後輩と大阪の先輩と3人で練習場に通うようになり、ショートコースやそれなりにラウンドを重ねるようになった。お陰さまでいろいろな指導者に恵まれた!?が、セオリーを実践することはとても心地が悪い。さりとて直感が芽生えるほどスキルが高くない。でも、基本スタイルがなかなか身につかない状態が続いた。ある人のアドバイスでは「君は野球をしていたからバットスイングと同じ感覚でクラブを振っていても上達はないですね・・・。」と。これは正確にはアドバイスではないが、このセオリーの背景も真意も見えていないほどの技術レベルだったから、あまり、深く考えなかった。後にこのアドバイスはとても大きな意味を持つのですが。

 そんな状態で、本コースラウンド2回目であるレッスンプロの方にこんな言葉をかけてもらった。君はアプローチとパターの距離感覚がいいですね。これはどれだけスクールで教えようとしても教えられない感覚的な部分だから、それを君の場合はラウンド2回目で~。と言われた。その時はこの言葉の意味も充分に理解していなかったが、ああ、感覚的でいいんだと感じた。で、その次のラウンドでその方の言葉どおりにああだのこうだのとセオリーを無視してまた別のゴルフビジネス関係の方とラウンドさせていただいた。ほんとに自由にプレイした。結果、17ホール終了した段階で94打。18ホール目はパー3。ダボでも100を切る。ゴルフを始めて1年と少し、3ラウンド目で100切り達成かと思いながら18番のティーグラウンドへ。すると、一緒に回っていたそのゴルフ関係の会社の方がひとこと。「その右手の人差し指ですが、折り曲げてクラブに添えた方がいいなぁ~、親指もクラブに添えた方がいいなぁ~。」まぁ、お客様の偉いさんだし、私は27歳の若造。そうか、セオリーならそうだろうから、言われるようにしてみるかとセオリーどおりのグリップにする。が、なんともしっくりしない。まぁ、いいか・・・と打ち出すと。グリーンまでの池越えの打ち上げだったのですが、力なくグリーン手前の池の渕にトップぎみに突き刺さりコロコロとボールは池の底へ。もうモヤモヤのモヤモヤのまま、特ティーで4打目を打つがモヤモヤの状態なので、寄らず、寄せて3パット。結果102だった。その経験から、ずっと、「直感とセオリー」の使い分けに悩んできたような気がする。

 が、つい最近から、その頃のピストルグリップ(私だけの呼び名)に変えた。すると、ヘッドが走る。ラインが出る。距離が10%伸びる。強い球が出る。う~ん、約18年間の迷いが完全に晴れた感覚です。ので、次のラウンドがとてつもなく楽しみなのです。その頃遊びでインテンショナルなボールを打ち分けて遊んでいたことも、今では、全て自分のモノにできた感覚。3鉄からPWまで、このクラブが好き、このクラブは苦手と中途半端な直感に依存してきたが、もう、アイアンはアイアン。アライメント、ボールポジション、ワッグル、トップからダウンへそしてフィニッシュへ。高い球を打つのか低い球を打つのか右からなのか左からなのか、いかに自分のボールの軌道をイメージして柔らかい集中力でボールを打ち出すか・・・。これが、なんとなく次のラウンドではできそうな感覚です。セオリーを自分のモノにできたら、あとは自分の感覚やイメージを信じるだけなのである。

 ホンマにゴルフはオモロスギル。

吉野家の悲劇。

 久々に昼飯を吉野家で頂いた。例の牛肉事件のあと「豚丼」が開発されて、しばらく、それを食べていた。たぶん、吉野家さんは大学の頃(18歳の頃)からお世話になっていたのに、牛丼が食べられなくなるなんて!とかなり最初はショックだったが、なかったらないで別に牛丼はそれほど・・・で、またいつかみたいなテイだった。で、それに代わり「豚丼」が登場した。これがまた、昔ながらの牛丼フリークにしてみると美味しい。意外とこっちの方が・・・となり、そこから、吉野家に行くと50%が豚丼で50%が生姜焼き定食。

 で、私は完全に牛丼よりも豚丼派なので、久々に行ったのですが、躊躇なく「豚丼並で。」と注文した。そう、躊躇なく注文したのです。しかし、オーダーを聞きに来たその豚丼みたいな女性店員はちょっと半笑いで「ええっ?吉野家なのに、もう、牛丼普通にやっているのに、お前は豚丼???」みたいなリアクション。まぁ、これはさほどその時は気にならなかったのですが、あれ?ちょっと吉野家さん的にはKYだったのか?と反省しながら、少し気持ちの体温が上がる。なんでやねん!

 普通に豚丼が到着して食べました。そろそろ会計をと思っていると(私の席の左前にレジがあったのですが。)、そこに、どこかの会社の上役連中(ネクタイをしていたので。)が3名お支払に。で、その中のたぶん社長らしき男が「ああ、ここは私が・・・」みたいなテイで3人分を払った。すると、その社長らしき男の方が私の右隣りのおじさんに声をかける。つまり、レジ位置からその社長、私、おじさんの位置関係。そのおじさんはどうも、その社長様のお得意先の専務さんらしく、丁重な言い方ではあるが、ちょっと地声が大きく、吉野家にその社長さんの言葉が響いた。その言葉をかけられた右隣りのおじさん(専務さん)はちょっと失笑ぎみ。

 その社長はこう言いました。「いやぁ~!専務、コ・ン・ナ・ト・コ・ロでお昼ですか!もっといいところに行ってくださいよぉ~!美味しいところいっぱいご存知でしょう!」。目の前にいた例の女性店員はおつりを数えながら下を向いていた。まぁ、これでさっきの失言とプラマイ0で、私もお支払して店を出ました。

 でも・・・、コンナトコロって、社長お前も食べてるやん!なんでやねん!!!

「ライ・トゥー・ミー」みたいな。

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 何故、日本ではこのタッチのテイストの作品が存在しないのか?ライアーゲーム!?比較にならないし、心理戦を描くに何故これほど日本人の俳優・女優の人達は長けていないのか。例えば例のメリーゴーランドムービーの「踊る~シリーズ」何故何故、あのテイが興行成績に繋がるのか?その中に交渉人、つまりネゴシエイトをモチーフにした映画があったが、まず、観るテンションにならないから、もしかすると加点するポイントも養護できる部分もあるかもしれないが、そもそも、その低すぎるハードル設定で何故わざわざ映画を見る時間約2時間を裂かねばならないのかが疑問。だから、観ない。120%つまならないからである。だから、3が創られようが、108が創られようが、観ない。そのままトラさん状態になればいい。

 で、心理戦で言えば、映画「トルゥー・ロマンス」のC.ウォーケントとD.ホッパーの名場面を覚えておられるだろうか?あのシーンは私の中では映画のワンシーンBEST100の中、第8位(ぐらい!?)に入っているのですが、これぞ心理線である。勿論、S.L.ジャクソンとC.スペイシーのネゴシエイターもいろいろキレていたが、それはそのテイのお話であり、二人の人間がお互いに相対するガチのぶつかりを描く状況でこの二人のシーンは忘れることができない。そんなこと言えば、次から次からそのテイのシーンは頭に浮かんできますが、それについてはまたいずれ。

 一人の男は「嘘をつくな、本当のことを言え。」という、もう一人の男は「俺の言葉が嘘か本当かお前が判断しろ。」というバトル。これは一番シンプルでガチである。男には嘘をつく時のパントマイムがいくつかある。それを俺は心得ていてお前の嘘が分かるんだと言うウォーケン。俺は本が好きでよく読むんだ。歴史はいつも興味深い。お前はニガーとの混血でそれはシチリア島に~中略~、だから、お前はボケナスなんだと言うホッパー。ここにもう嘘と本当の定義は必要ない。

 という流れで、この海外のテレビシリーズの「ライ・トゥー・ミー」にも期待大なのである。主演がT.ロスだし、これはこれはのサプライズである。楽しみである。続いて9月22日のレンタル開始の「フリンジ・セカンドステージvol.1~4」も楽しみにしています。いやぁ~海外の作品はいい。何よりアカデミックであリパッションレベルが高く、ディテールが軸にしっかり絡んでいると感じるのです。ただ単なるいつもの好き嫌いかもしれませんが・・・。

詳しくはこちらをご確認ください。http://www.7netshopping.jp/all/static/lietome_100618.html

デザイン力のリミッター。

 火事場の馬鹿力ではないが、極限に追い込まれると人間は想定以上の力を発揮することができる。また、おおきなプレッシャーがかかればかかるほど潜在能力以上の力を発揮できるタイプとそうでないタイプがいる。興奮状態ではアドレナリンが分泌されて筋肉や頭脳の活性率が上昇するというアレであるが、スポーツの世界やビジネスの現場でもこのチカラを制御できれば、ここぞという場面で自分の力を発揮できるだろうし、必要ない場面ではそれらにリミッターをかけて浪費率を適正値にセルフコントロールできるのだろう。

 では、アートやデザインのいわゆるクリエティブな仕事面ではこの方程式はどうあてはまるのだろうか?素晴らしい能力があったとしてその力がMAX発揮できたとしてそれは果たして芸術的に良い作品になりえるのだろうか?自分自身の評価として100点でも芸術やデザインは自分以外の人の評価基準が成果物の良し悪しを決定するモノだから、この場合、あまり、アーティストやクリエイターの潜在能力や感性的なセンスは連動しているようで連動していない、それこそ、いろいろ場面で「たまたま」が発生し波及しているようにも思えます。

 ではでは、この「たまたま」をどう引き寄せ制御するかがポイントだとしたら、強い一方向のエネルギーをただ出しているだけでは相関性が成立せず、評価を得られないばかりか逆の構図が展開される危険性も孕んでいるということになる。では、その場合のリミッターは、そもそも、それらの感覚はリミッターとは呼ばない能力かもしれないし、先入観や固定観念だったりすると、そこに「何故?」のベクトルを向ける必要もあり、つまり自分とはどの程度なのかをそこそこ知っていいることが基軸になるのだろうか。

 壊すだけ創るだけなら筋肉があれば成立するが、伝えようとすると思考と連動する必要がある。感性やセンスやインスピレーションなどを自由自在に操れるには・・・?さて、どの箍を外すべきか。日本にはこの箍が多すぎる・・・。まずは「日本語」という箍のシバリは結構ヘビーだ。

 最終的に非言語でのコミュニケーション能力があるなしは何でアップグレードさせるのか?それは、決してバイブルは存在せず錬金術も存在しない。つまりは「相対力」の部分とパーツとパーツ、エレメントとエレメントを組み合わせたり切り崩したりの「足し算と引き算」のジャッジである。標準的な技術が備わってからこのことを意識化に置き現場のオペレーションが手に馴染むのに昔は5年かかると言われてきたが、昨今のDTP全盛の現場において、この感覚を会得するのはかなり至難であるように感じる。つまり、成果物が出来上がってしまうことが先行し過ぎてブレインワークの部分がかなりスルーされているからである。グラフィックデザイン・WEBデザイン・アートワークは非言語表現であることを言語的にアプローチしてチュートリアルを現場の成果物に適用しているパターンをよ~く見かける。これは正確には「デザインワーク」ではないし、ましてや「アートワーク」ではない。ただの「アウトプット」である。何もアナログテイストをちりばめる必要はないが、「相対性」を無視するとデザインの価値が欠落する。これはつまり、創り手や発信者の意図が非言語的に表現できていない成果物にツールになるからである。

 つまり、現代、馬鹿とリミッターは使いようなのである。

なるほどなるほど11時の方向か・・・。

 100を切れないアベレージゴルファーの決定的な原因はグリッププレッシャーが強すぎるらしい。ここをクリアしてヘッドを走らせない限りアイアンショットは安定した距離と方向性が得られない。結果、90代も80代も無理だと丸山茂樹は言っている。その上、右手の使い方に問題があり、テイクバックとダウンスイングでクラブヘッドが開くため、結果インパクトでヘッドの角度を調整しなければならない。が、これはプロ級の技術が必要で、何かのタイミングで良かったとしてもそれはたまたまで、力の入り過ぎたグリップで手だけでスイングしている段階では100をコンスタントに切るアイアンショットにはならないらしい。また、体重移動の間違った理解も相当浸透していると警鐘をならしている。

 身体のすべての部位が連動しているゴルフ、打ちだす方向に平行に構えなければいけないゴルフ、これらはかなり人間の本能と相反する感覚と技術が必要な競技らしい。う~ん、ゴルフは深い。まず、スイングの練習についてあまり雑誌も買わないし、チュートリアル本も買わないが、丸山茂樹さんのアドバイスだけはいつも手の届くところに置いておきたいと思う。

 なるほどなるほど、テイクバックで11時に閉じて、ダウンスイングで同じ角度をキープするのか・・・。確かに右手に力が入っていたり、右肩の位置が不適切だと11時にはならない。

一番カッコイイ男。

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 今、世界で一番カッコイイ男はたぶんこの人だと思っているのですが、まぁ、これもファン心理ですし、ルックスだけならイケメンはおります。しかし、いずれもその他大勢レベル。「カッコイイ」の場合はちょっとルックスとsomethingが必要だと思うのですが、これもファン心理のひとつ。仮に「世界一カッコイイ男は誰だアンケート」が世界中の人をターゲットに企画されどのような結果が出るかは未知数として、映画関連のプロダクションが「世界一素敵な女性は誰だ?」アンケートを展開した時は、投票者数の50%がアンジェリーナ・ジョリーに投票したらしい。そのテイで男性もやってもらいたかったものです。まぁ、男が選ぶカッコイイと女性が選ぶカッコイイでは軸が少し異なるとは思いますが、アンジーがダントツで一位なら、やはり、男性ならマット・デイモンですね。

昨日の夏の風景。

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 昨日(9月1日)打ちわせ先に向かう途中、ちょっと車を止めて撮影した一枚。まだまだ、夏な感じでした。なんとなく油絵になりそな構図と色彩・色調バランスでした。まぁ、油で風景は描きませんが・・・。

穏やかな琵琶湖。

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 今日は朝から小雨が降り涼しい一日の始まりでした。南へ向かう湖岸の上、走る車の中から琵琶湖のある風景です。

なんかいいっすね。

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 なんか存在感といい容姿といい演技といい、なんかなんかいいっすね。

ほんとにそのエネルギーは素晴らしい。

 まぁ、だいたいはそんな類のご案内メルマガのお話なのですが、ほんとに素晴らしいエネルギーを感じてしまいます。たぶんおそらく専門のライターがおられてそのテイの文面を四六時中本能と類まれなるボキャブラリーで書き続けておられるのでしょうけれど、そのクオリティーたるやその熱意たるやもう脱帽クラスですね。仮にそのお誘いを心から受け止め案内されるままにページを展開していけばどうなるか・・・という部分には非常に興味があるところ。それはそれは巧みに課金につなげようとされるのでしょうね。しかしながら、昨今のニーズはどうなのか?数多のビジネスがそうであるようにこのテイもそれ相当のニーズの受け口を用意しているはず。その上、ビジネスモデルであるならば、然るべき手続きを持って会員特典やその後のアフターフォローも用意しておられるはず。このエネルギーたるやもう一流のビジネスマンのポテンシャルと比較してもガチなはず。う~ん、どこからそのエネルギーが湧きあがるのかその部分だけについてぜひレクチャーして頂きたいものです。

政治という無料ゲーム。

 朝からくだらないニュースにはテンションがダダ下がりである。党内の問題を国の~と愚痴りたいところですが、この猛暑、それもどうでもよくなるご両名の茶番。なんでやねん!!!政治の組織の構図とか歴史とかシステムとかもうどうでもいいっすから、メディアの価値を下げるような出来事だけはチョイスしない心遣いをぜひ然るべき担当者の皆様方にお願いしたい。まだ、まだ、無料ゲームの方が生産的で未来像があるというもの(やったことはないが・・・)。まぁ、どうでもいいと乱暴に捉えることもままならずもっと歩みよって~みたいな依存心の上に胡坐をかいている人達だから視野が狭いのか?逆にもうどうにもこうにも個人のポテンシャルでは四面楚歌なので裸の王様でいいやとでも考えているのか?あの蝋人形のような表情と押し殺したようなボキャブラリーからは何も読めない。まだ、それもフェイクならいいが、ただのシェイクならディープにクラックである。

 ちょっとは見晴らしのいい山頂に立った時のような涼しい風を吹かせてみてくださいよ。