40年前のイライザ。

 イライザの詳しくはこちらをご確認ください。

 で、これが現代のいろいろなデジタルデバイスというかプログラムの元祖みたいな存在なのだろうが、その基本的な機能を見て改めてびっくりする。いわゆる「おうむ返しプログラム」が人間の脳が心地いいと感じてしまうこのディテール。確かに!という部分を強く感じてしまうだけにこのイライザの意義は大きい。つまり、安心させるためだけなら、プログラムのように中身がなくとも、伝えたことをやまびこのように返すだけで人間は安心感を感じるということで、それが人間の安心の本質だとしたらちょっと引く。って、自分もそうかもしれないし、「実は~」みたいな相談モードで心の澱を語ったとしてもそれが誰であれしっかりと聞いてくれて、適切なアドバイスなどなくとも、やまびこのように1対1で反響してくるだけで悩みが解決していしまうのかもしれない。う~ん、人間って単純だ。

 逆に反論されたり、上からのアドバイス的なことを、聞いた側は一生懸命真摯に語ったところで、落ち込んでいる人には「心地の悪いノイズ」にしか聞こえていないのかもしれない。禅には「善友」という言葉・価値感があるらしい。共に時間を過ごす人の中で自分自身の心がどう反応するかで「善友」であるか否かが振り分けられてるらしい。それを知る手法として瞑想による自意識のなんたらかんたら~だそうである。まぁ、ここらへんのメンドクサイことはさて置き、確かに自分自身にとっての「善友」とは誰なのか?という部分、改めて自分を知るサインのようですね。

 だから、日本の政治家は全員一旦どこか海外に移住して頂き、IT技術で業務を行っていただき、イライザ的なAIを総理大臣にしてシンボル化する。で、国民はそのプログラムに対して国政を語っていただくみたいな。結果、無駄なノイズがなくなって日本が透き通ったらよし、沈滞するようだったらプログラムに集まったアーカイブを解析してそれぞれのエキパの人がこのプログラムをそれぞれの分野でバージョンアップしていけば、一歩前へ進める国政が可能なんじゃないの?

 で、移住した人たちはそのままそこで余生を過ごしてください~みたいな。結果、必要なかったのだから・・・、ということで。これってかなり抜本的のような気がします。しませんか?アシモフ博士だけは理解してくださるだろう。