生物の多様性に対する取り組み。

 「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)やラムサール条約のように、特定の行為や特定の生息地のみを対象とするのではなく、野生生物保護の枠組みを広げ、地球上の生物の多様性を包括的に保全することが、この条約の目的である。また、生物多様性の保全だけでなく、「持続可能な利用」を明記していることも特徴の一つである。条約加盟国は、生物多様性の保全と持続可能な利用を目的とする国家戦略または国家計画を作成・実行する義務を負う。また、重要な地域・種の特定とモニタリングを行うことになっている。さらに、生物多様性の持続可能な利用のための措置として、持続可能な利用の政策への組み込みや、先住民の伝統的な薬法など、利用に関する伝統的・文化的慣行の保護・奨励についても規定されている。この他、遺伝資源の利用に関しては、資源利用による利益を資源提供国と資源利用国が公正かつ衡平に配分すること、また途上国への技術移転を公正で最も有利な条件で実施することが求められている。また、この条約には、先進国の資金により開発途上国の取り組みを支援する資金援助の仕組みと、先進国の技術を開発途上国に提供する技術協力の仕組みがあり、経済的・技術的な理由から生物多様性の保全と持続可能な利用のための取り組みが十分でない開発途上国に対する支援が行われることが定められている。さらに、生物多様性に関する情報交換や調査研究を各国が協力して行うことになっている。この計画策定作業を促進するために、1995年にWRI、IUCN、UNEPが作成した「生物多様性計画ガイドライン」が重要参考資料として指定されている。」という基盤から起こった取り組みらしい。

 日本でも様々な取組みが1992年あたりから多大な財政的支援を展開し里山、干潟などを含めた国土全体の生物多様性の保全、自然再生の推進、多様な主体の参加と連携などの内容を盛り込んだ改訂を行っている、きたらしい。

 最近、なんとなく目にする活字なものだから、気になってリサーチしたらこんなことのようです。生物の多様性ということですが、その生物の中に「人間」も含まれていることがどうもリサーチしている情報の中には相変わらずニュアンスとして含まれていない。リサーチした情報の編集が偏っているのかもしれないし、ある断片的な部分しかまだリサーチできないからだろうが、自らの存在さえも保全できないタイプもいることをこの取り組みの中心にいる人達はどう捉えている。多大な財政的支援はあるならすればいいが、地球上でもっとも多様なのは人間だろうから、そこをもっと改善するというか、もっと、突き詰めることに財政的支援をしてもいいのではないだろうか。リサーチ不足だからしていることに気がつかないだけかもしれないが、どうも「生物」=「人間以外の生物」というニュアンスが否めない。

 間違いなく、自然界における生物たちの輪廻転生は安定したサイクルを繰り返し誕生淘汰を繰り返してきた。それを崩したのは進化や進歩の旨味を知った人間だけだろう。それが、改めて自分達だけの価値感で「生物の多様性」と言及している部分がとても気になる。そりゃ、第9地区の賢者もマイホームに帰りたいと思うはず。南アが舞台だったこの映画のそういう意味背景は大きい。エビ達は言っているのだろう、「毛のない猿達がたぶんこの星を滅ぼすぞ・・・」と。