まほろ駅前多田便利軒@三浦しおん

 人から「これは絶対に読んでくださいよぉ~!」と本を勧められることは多い。しかし、あまり人に「絶対読んでください。」ということはしない。これはつまり自分自身に対する裏返しであり、結果、これまでどのようなタイプの方にどのようなカテゴの書籍を勧められた場合にそれを読み、このパターンでこのTPOで書籍を勧められると必ず比較的にこういうオチになり、残念な読後感にしんしんと浸る結果になるという不思議な方程式があるので、あまり、人からのおすすめ書籍を借りて読んだり、さらに、改めて購入して読むということは少ない。最低限の頻度であり確率なのである。決して、他人の価値感を頭ごなしに否定しているわけでもないし、「本当にこれはいいですよ」のテンションがしっかりと伝わるタイプの人であり、言葉にその書籍の重さが少しでも感じられたら、素直に読むし、書籍の進め方の言葉の中に素敵なサインを感じたらそれは有効なサインとして素直に読んできた。この連鎖も言わば、人間関係の発展形として捉えると、人を信じるが書籍を信じるになり、そのテイで読むという過程で、心に新しい芽生えるモノがある。これを大切にしながら、読むのと、懐疑しながら文字を追うのでは明らかかに行間の広がりが異なり、登場人物や場面や物語の機微への心の反応が整いもするし乱れもしうる。

 で、「まほろ駅前多田便利軒」は、娘に勧められた。「おおっ、また、友人に勧めらて読んでるんだな・・・。」という印象でその書籍を手にする。本文以外の文脈をたどる。うんうん、なかなかいい。それに三浦しおんさんはこれで2冊目となるが、この方の文章はとても魅力的なスタイル感を感じたので、興味のレベルが上がる。そして、そのまま、1行目へ。

 確かにGOOD。三浦しおんさんであることの安心感とそのポイントポイントにちりばめられた比喩表現がもう三浦ワールド。さりげないひとことにしばし目と心が止まる。最近、勢いや設定や特異性だけで物語を進めがちな書籍や、A液とB液をビーカーに注ぎ白い煙と共に市場に出された書籍などの類は、もう、匂いがダメ。作者の人となりが文章に読み取れて小説の中の世界観が、読者の頭に移住すると思っているので、私の中でそういう意味で「三浦しおん」さんは大切な日本の作家さんの一人です。逆に東野さんや宮部さんや百瀬さんなどは設計図がチラチラするのであまり好きではない。どちらかというと蜘蛛の巣のような仕組みの文脈に惹かれますね。いいですよ「まほろ駅前多田便利軒」。