貨幣価値の誤解。

 スタンフォードでは「イノベーション・トーナメント」というのが開催されているらしい。あらゆる学術のエキスパートの卵たちが学業を経て社会に出るまでに行う実践演習のようなモノ。これは凄い。今、日本の大学や教育機関が一番取り組まなければいけないことだろう。そんな学生のため学生のためにと高いシステムを導入してアメのようなカリキュラムでワクワクドキドキさせようなどと本末転倒言語道断である。それは学生のためではなく学校のためでしょう?と、そもそも、日本の大学の総体性とスタンフォードを比較しても始まらないが。

 イノベーションとは価値の創造である。ニーズを掘り起こし付加価値を市場に返すために会得した知識をどう意義に換えることができるかである。手持ちのコマを理解する中で個体のポテンシャル、組織内のコミュニケーション、社会の規範に基づき独自性のある構想を練り継続性と持続性と展開力を鍛えるチカラを養うらしい。到底、イージーなゲームプログラムレベルでは意義などと程遠いというテイ。

 そこに新しい貨幣価値を見出し引いては経済を活性化させる、ビジネスモデルを創出するということなのですが、それはそれほど難しいことでもなさそうである。日常のセオリーや先入観や固定観念を一旦置き新しい視点でモノゴトを捉えることができればその糸口は手の届く範囲にいくらでもあるらしい。確かに。で、非常に重要なポイントはそれが見えた時の判断力。「何もしないのと、何かをするという二つの選択肢を切り替えるのは、ほんの小さなスイッチですが、選択の結果は大きく違ってくる。」ということ。これがまさにである。

 やるなら今なのである。今やらないは「やらない。」ということ。この言葉が非常にしびれましたね。つまり、貨幣価値など「セオリー」であり、「先入観」であり、「固定観念」のカタマリなのである。ほんとにつまらない。