もし、・・・がなくなったら!?

 結婚活動、ラーメン、霞が関、プロフ中毒、バラエティー、イチローのバット、文学部、コンビニなどなどがなくなったらとひも解く現代風の考察。主婦の友社の本というのがあるらしい。これを総じて「なくなる日」シリーズで毎月6日に定価800円で創刊されるらしい。知らなかった。例えば「末期がん、その不安と恐れがなくなる日」とは、「がん哲学外来」というのがあり、そこでどんなことが語られていて、生きているということは、死ぬということはどういうことかを啓蒙しているのだろう。また、「政治家がなくなる日」では、政治家の人数と報酬の関係や経済評論家があらゆる日本の無駄を検証しているのだそうです。一見、面白そうなタイトルと構成コンセプトですが、たぶん、この仮説はあまり意味がない。いわゆる「たられば」では何も解決しないし、この書籍をどう読み捉えるかによって形成される考えは有益な何かを、生産的なモチベーションに連動するかもしれないが、そこもまた個体のポテンシャルだろうし、そもそも、相関性で言えば、ポテンシャルのある人は無くなってしかるべきモノがなくなっても受け入れることができて、相対に順応すうる能力と与えられた素材を応用する能力があるから、決して「たられば」で軸がぶれることはないように思います。つまり、このシリーズは時間を持てあまし怠惰な生き方に慣れた(慣らされた)個体への暇つぶしのオモチャのように思える。が、それでも、それぞれの著者に引力があれば、そのシリーズは手元に置きたい一冊になるだろうが、それもタイミング次第。

 しかし、このシリーズの著者も含めて、こういうテイの企画を編集者から打信されて、「はい、それは面白いですね。」と執筆を始めているのか?それとも、あくまでも持ち込みでこのテーマでこんな書籍を~というアプローチのやりとりが発生してこれらの書籍の創刊になっているのだろうか?ならば、「もし、書籍がなくなったら~。」とか、「もし、日本がなくなったら~。」とか、「もし、酸素がなくなったら~。」などのテーマで科学的に哲学的に宗教学的な考察はないのだろうか。ラーメンって、なんでやねん!