見よう見真似が基本。

 何事も最初は0ベースであるはず。それを逆にマイナスからアプローチする人もいるがそこの部分はただのびしろを実感したいだけであり基本は0ベースでフラットであることがモノゴトを引き寄せる時の基本スタイルだと思います。だから、何かを会得したいと考える時、様々な手法があると思いますが、現代一番簡単のはインターネットを活用すること。あらゆる情報がこの中には一見あるように感じられる。一瞬で目的物を絞り込めるアドバンテージは圧倒的にWEBサイトだろう。で、次にはペーパーベースの知識を収集することでありそれを読み見て知識を会得する。これはWEBサイトと一見同意に捉えがちですが実はかなりいろいろな面でニュアンスやフィーリングが異なる。それは・・・の部分はまたこのブログで書き出したいと思っておりますが今回は割愛。

 で、最も効果的なアプローチはそれを会得している人を自分自身の近くに感じられるようにすることである。それ以上、何かを会得しようとする際の効果的なアプローチはない。逆に、全て自分自身の中で何かを創造してきたと豪語する人はうそ。そんなことは絶対にあり得ない。歴代の天才達も絶対にこのプロセスから何かを自分の中に撮り込み反復を繰り返し自分自身のスキルにしているはずである。ではこの能力は人間の能力、特にどの部分でとなるとやはりそれは脳になるだろう。五感からインプットされた情報を消化してスタイルに変えている部位はここしかない。ミラーニューロンについての書籍もいろいろ読んだが結局それは人間が人間自身のことを記述しているテイを超えないから実際はどうか?など書かれてはいなかったし、そんなこと例え書かれていたとしてもそれはただの仮説でしかない。では実証はと短絡的に考えがちな現代、実は実証などこの先何がどう進化してもありえないのである。実証とは天上天下唯我独尊なのであるから、絶対に自分の身体という殻から外には出ないもの。何やら禅問答のような文脈になってきたが、実際のリアルはこれが正しい。

 世の中には師弟関係というコミュニケーションが存在するが、教授するということは獲得する人がいて成立する。また、人間の脳は「私が今、彼に教えている。」の部分の名詞の部分を意識できないらしい。つまり、「他人に教えている」「他人に学んでいる」はすべて、感覚の上で、主語がない。これが全ての基本であることを理解していれば、例えそれがミラーニューロンの仕業であれ何であれ、「真似る」ことが「学ぶ」なのである。つまり、何かを得たい時に一番確実でディテールの質が高いアプローチは人と接触することなのである。それが様々な条件で難しい時、書籍やメディアやインターネットの活用でいいのである。これが本末転倒にならなければ、いつか0は1になる。