「トーク力」というスキル。

 お笑いバブルは何やらはじけたらしい。そして、格差社会がここでも生じているらしい。まぁ、ほんまかうそかは別として、確かにそんなテイは感じる。勝ち組・負け組の例えしかり、テレビの番組に残るお笑いタレントをはじめとする芸能人にはその起用方法に一定の方程式があるようです。

 つまり、トークができるかできないか。その番組の流れやテーマに沿って、求められているトークが展開できるか否かという能力。自分の知識や自慢話だけでは空気が読めないってことになり、蘊蓄ばかりでは流れやリズムが切れる。だから、「トーク力」ということのようです。自分のネタをしっかりと持ち、現在流れているリズムにそってそれらを組み合わせる能力。しかも、テーマがぶれずに起承転結を考慮してしっかり求められた尺の中でオチを用意する。これがこの場合の「トーク力」なんだと思います。

 で、「トーク力」がない人のパターンとしては、同じお話をしていても、どこか何か足りない。凄い内容をしゃべっているのに何故か盛り上がらない。このお話はほんとに奇想天外なのにその奇想天外感がニュアンスとして伝わってこない。「あれ?こいつ何言ってんの?」となる不思議。これは、一概には言えないかもしれませんが、ひとつに「表現方法」と「全体の構成力」に深い関係があるように思えます。

 つまり、しっかり構成を考えて表現力豊かにトークできる人はイコール、人のお話を同様に聴けている人であることが最低限のスキルで、空気を読む~というあたりもこの能力に近いような気がする。その上でこれらのパーツに装飾をして組み立ててリズムとセンスでオチに持っていく。まさにヒトシマツモトのスベラナイハナシのテイである。

 これは何もお笑い界だけのお話ではなく、お笑の場合それが極端に集約されているからテレビとして成立するわけで、一般のビジネスの現場やライフスタイルの場面でも「トーク力」のある人とそうでない人がいることも事実である。これも一概には言えないが、最後の最後でポテンシャルなんだと思いますし、相対力なんだと思います。蓄積しているディテールの重なりが細かく厚い人ってやはり魅力的です。そんな人になりたいものです。