本とは?

 本をめぐる環境が激変している。実際にベストセラーと言われている書籍についてあまり興味がなく、特にベストセラーを読みたいと書籍をリサーチしないので、一体今どのようなカテゴリーがベストセラーなのかまったく分らない。単純に安易なビジネス書やダイエットやグルメ関係なのか?タレント本なのか?軽めのサスペンスモノなのか?では具体的に著者は誰?など全然リサーチできていないので、何が売れる書籍で何が売れない書籍なのかは分からない。ただ、傾向として特定のWEBサイトや新聞の広告による書籍の情報をリサーチする機会が多いので、もしかすると、その傾向が強くなっているかもしれない。が、ジャンルで言うと必ずしも日経新聞の編集意図や特定のWEBサイトだけが興味の対象ではないので、それこそ、ぶらりと最寄の書店でフラットな気持ちでどこのコーナーというわけもなくふらふら歩いて気になる書籍をリサーチしながら入手するというパターンが多いので、傾向的にもまったくランダムだと思っている。しかし、書棚にある書籍はカミさんに言わせると確実に「偏っている。」らしい。でも、結局興味がそこしかないので、書籍のパターン化は崩しているようで崩せていない。

 つまり、「売れた書籍が良書」なのか?、「良書だから売れる。」のか?は分からない。しかし、本が売れる売れないということはあまり実は気にしていなかった。売れることが出版社のキモであることは当然でありビジネスとして成立不成立がこの売れるに深く関係するから、たぶん、恐らく出版社は「売れる書籍」しか発行していないだろう。しかし、中には出版社として編集者としてこのような書籍を市場に送り出したいと考えて監修・編集・企画する場合もあるだろう。では、この比率とはどのようなバランスで時代の推移を形成しているのだろう?まぁ、そのタイプの日常業務ではないからと言って、書籍を売ることに興味がないわけでもないので、「どうしたら売れる書籍が作れるのか?」とデザインという仕事のシンクロしそうな部分には興味がある。ヒット商品が良品とは限らないなどと単純にこの構図を捉えることもしたくはない。

 で、売れる書籍は電子書籍とどんな相関関係にあるのか?という洞察についてですが、たぶん、この両者は共鳴しているはずである。確かな物理定数は知らないが、形態やデバイスが変わっても本体の質量は同じだろう。この場合の質量がホンマルではあるが、結局「ええ感じのモノは強い」ということで間違いないように思います。本という存在が問われているが別に紙であれパルスであれ、「ええ感じ」であればいい。つまり、ええ感じの人はええ感じの何かを創造しそれをやはりええ感じの人が受け入れているから文化や慣習が形成されるということもひとつ軸としてアリなのではないだろうか。

 ええ感じの人でありたいものです。