本棚はその持ち主を写す鏡か・・・。

 ある作家の方が人との出会いをこう表現している。まだ知り合って間もない時、その方の書斎や仕事場にお邪魔する機会があれば、チラリとその方の本棚を見るらしい。すると、そこに収められている書籍を一覧するとなんとなくその方のことが理解できるような気がすると。確かに、その方のパーソナルな情報を直接であり知人から聞くことで人間像が見えるということもあるが、その方のプライベイトな空間に大切に収められている書籍を一覧すると確かに多くを言葉で聞くことよりも、より、人間像に触れられるのでしょう。まぁ、本棚がない・・・という方ならばそれはそれでOK。しかし、「私はあまり書籍には親しんでいないのですが」という人にはあまり自分自身が反応しないので、お会いしてそんな空間にお邪魔する機会があれば、一回、その方の本棚をそんな視点で見てみたいと思います。

 で、私の本棚は?となると、これまた、摩訶不思議なタイトルが並んでいることに改めて気がつく。ジャンルは無作為で系統やパターンがない。¥10,000を超える書籍もあれば、古い図録もあり、古本屋の¥50の本もある。どれも宝物であるが、脈略が全くない。が、そこに不思議なパターンも発見できる。まず、「グルメ」関連の書籍はない。そう思うとさらにパターンが見えてくる。「旅」「車」「アクセサリー」「時計」「ファッション」「水泳」「日本の歴史」「ゲーム」「投資」は全くない。つまり、現代の情報の海の中、その人のIDを確認する場合、「何かをしている、してきた。」ではなく、「何をしていない、してこなかった。」というマイナスの視点で人間像をフォーカスする時代だと誰かが本の中で言っていた。確かにそうなのかもしれない。足し算の思考パターンでは見えないことが、引き算の思考では見えてくるみたいな。