愛国消費という基準。

 消費が多様になったと言われて久しいが、そもそも、ニーズとは多様であるべき。それを一過性の基準で大量生産して経済大国経済大国って言われてきたからその錯覚度に本来の仕組み感が麻痺しているだけでしょう。でも、この言葉「愛国消費」というのはちょっと違うみたいである。

 広告文にはこうある。「下流社会」の著者が解き明かす新しい消費の波。これから売れるモノのキーワードは「ニッポン」だ!とのこと。欲しいのは日本文化への誇り~ということです。さて、日本人であることが誇りに思う若い世代が増えている!という仮説が仮に成立したとして、さて。洋食より和食、フローリングより畳、海外旅行より国内旅行。こうした若者の日本志向が、新たなる「消費」を生み出しつつある。日本の未来を変えるかもしれない新しいムーブメント、「愛国消費」の正体を独自調査と統計分析から明らかにするか・・・。う~ん、なんともたよりない文脈である。まず、それは必然であることに適当なキャッチフレーズを付けただけで新しい価値と錯覚させようとしてませんか?若者の日本志向ってそもそも、軸足がそこなんだから志向もなにもなく議論の余地がないし、独自調査や統計分析などと言ってもさらに輪をかけてワンである。

 しかし、反応しなければいけないポイントは「愛国」というフレーズ。もしこれに反応する70歳と20歳が共に同じモノを見ていたら・・・、見えているものが同じモノだったとしたらちょっと冷たい汗が出てくる。勿論、この国は愛しているが「愛国」というフレーズは語感はニュアンスは本当に「愛国」でいいのか。別の語彙をチョイスできなかったのだろうかと、選択肢のなさ加減がヤバイような気がします。これが危惧ありきの危惧ならいいのだけれど。なんか、トラップが多そうです。