しをんのしおりを知る。

 書店で三浦しをんさんの「しをんのしおり」という書籍を発見。あぁ~こんなの出てたんだと即入手して読み始めています。なかなかですね。やっぱ三浦しをんさんという作家は好きであると確認できる。4作品ほど小説を読ませていただいた段階でまだ小説も残っているし、エッセイなどもあるらしいことを知った。これは、昨今の日本の作家さんでは珍しいことである。いつも、書評のくだりで判断して書店で購入して残念!というパターンにそろそろ懲りていたので、最近の作家さんで2作目を買うというこはまずありえなかった。そんなつまらないことで時間を使うなら専門書か仕事関連の書籍を買う方が~みたいなことになっていたからである。私の好きな海外の小説家は30名ほどおられるのですが、すでに、新刊がでる可能性が非常に薄く、出た時は即購入して読んでいるものの、あとが続かないのが現実。ひとつひとつ丁寧にチラミしてチェック・リサーチするがどうもはずれな感じがするために書棚に戻す。有名な作家でも上記の30名に入っていないとちょっと躊躇してしまう。で、意を決してもほとんどが残念な結果になる。映画の原作も精力的に読むがそれでも映画の方が良かったやん!ということがほとんど。

 そんな流れを完全に三浦しをんさんは切り替えていただけた。小説としての質感や構成や空間の描写が素晴らしいこと以上に人間を愛しておられるひとつひとつの言葉が読んでいて心地いいと文章にすればたかがこの程度であるが、少なくとも出版社が売ろうとしている小説作品とは異なるモノ。逆に出版社のオススメ作品はひれが多すぎる。その割りに翼が小さく飛べない小説作品が多い。まぁ、出てくる小説全てを網羅している訳でもそれぞれの大手出版社にネットワークがあるわけでもないので、感覚的な暴論に近い見解ではあるが、書籍が売れない原因のひとつに出版社の誤解が少なくとも影響を及ぼしていることは否めないと思います。物理定数で決して書籍の質量は推量できない。それは、人を推し量ることと同じであり、小説は著者であり、著者とは小説であるからである。出版社には高学歴の方が多いらしいが、高すぎてきっと腰が曲がらないのだろう。もっと、頭のストレッチをするべきだろう~とたぶん、三浦しをんさんも思っているのではないだろうか~というニュアンスが「しをんのしおり」の中に感じられた。錯覚かもしれないが素敵な錯覚を得られる文章って、それはそれで素敵だと思う。