宝くじが当選すれば人生は変わるのか?

 よくテレビCMで聞くフレーズ。「宝くじを当てて人生を変えてやろう!」という無責任なキャッチコピーがあるがこれは海外でも同じテイなのだろうか?奇跡の確率で途方もない(数億円以上)金額が自分のモノになった場合、本当に人生は変わるのだろうか?これは「宝くじ」をまだ一回も購入したことのない人間のひがみややっかみや愚痴レベルの独り言であることは否めないのですが、本当にある日突然3億円が自分のモノになったら本当に人生がどう変わるというのだろう?というのも、ずっとこのテーマで何か物語を書きたい(短い小説)と思っていたので、テレビのCMのフレーズがずっと耳に残っていたのでこんなブログを書いています。

 たぶん、恐らく間違いなくある日突然自由になるお金が3億円手に入れば、気が緩み仕事に対する熱意を完全に消失するだろう。そして、知人・友人・家族はこの程度のお金で何か特別な機会を得たと勘違いするだろう。それまで日々の暮らしの中で培ってきた感覚や金銭・経済観念のどこかの部分が破綻するだろう。いい方向でこの資金を活用すればいいだろうが、いやいや一生懸命仕事をしてその報酬として得たお金以外の方法で得たモノなどなんの価値もないはずが、それが必然のように思え、信じ、自らの人生だからこそ勝ち得たものだと誤解する。そこが全ての始まりであり、一旦壊れた人間の中にあるスイッチは傷のように癒えないだろうし、治癒もしないだろう。つまり元に戻ることなく軸を失い糸の切れたタコ状態になるだろう。それに、「私は1年前、宝くじで3億円当たりました。そして、素晴らしい人生を獲得しました。」という人に会ったことはない。メディアのゴシップなど捏造ノンフィクションの絵空事であるから物理定数的に絵に描いた餅よりもまずいはず。

 身近にそんな人がいて、それで人生が変わったんですっていうふるまいを見れてその言動を聞ければ少しは納得できるかもしれないが、まず100%そんなことはないだろう。確かに「変わる」と言っているが好転したとは言及していないことも、CM的には保険なのだろうか?一転どん底モードになるやもしれない「宝くじで当てた3億円。」結局、夢を買うんじゃなくて、それを購入した分の精神的なドキドキを楽しんで、よしんば当選したとしても、それこそが夢みたいな。

 たぶん、宝くじは一生買わない人間なので、こんな妄想が成立するのかもしれない。