「シェア(共有)」がキーワード。

 SNSに始まるソーシャルネットワークの真髄は、所有することからの離脱だろう。情報を共有することでモノの価値を変動させている。本来のニーズの対象が「所有ありき」だった場合、あらゆるモノの貨幣価値は限定される。生産者と流通の仕組みそのものが価値を設定していた。しかし、インターネットの普及はメディアや流通システムにパラダイムシフトを派生させボーダーレスな世界観を構築したばかりか、モノの価値さえも(もしかするとここが本丸かもしれない。)変革させた。

 アメリカ人の約半数の世帯が「電動ドリル」を持っているが、ほとんどの人がそれを一生で6分~13分しか使っていない・・・みたいな。他社とのシェアを考えればたかが6分にどれぐらの代価を支払っているかで費用対が見えてくるし、再設定も容易である。これが「電動ドリル」だからいいようなものの、ワークシェアしかり人の代用がいろいろな現場で派生したらさてどうなる。いや、どうなる人とどうもならない人との共有はどうなる?せめて、なんとか歯を食いしばりそんなことどうもならない人にならねば・・・。

 そして、この「シェア」から生まれる新しいビジネスモデルとは?が次にやってくる波だろう。国家間の争いや宗教戦争にさえこの感覚が導入・適用・反映されれば、空港のターミナルで自分に巻きつけた爆弾のスイッチを押さなければいけないような人は生まれないはずである。人間の「所有欲」が巻き起こす数々の悲劇、これらも、エゴを捨てれば共有の道が開けているはず。そこにこそ本丸はあるような気がしますね。