「買う」という満足感。

 日本人の経済感覚はある時点から狂っているというお話。モノが無い時代には人は一生懸命働いて生活のためモノを買っていた。しかし、高度成長の果て、得たモノに対する満足感がモノを「買った」という行為に置き換わったという説があるらしい。う~ん、確かにその感覚は微妙ですが、なんとなく理解できるような気がする。つまり、モノに反応していないわけで、ブランドやメディアやインターネットの情報で脚色された装飾されたモノ(情報)をゲットする行為に満足感を抱き、貨幣価値とかモノが良質であるとかモノを生活に馴染ませ活用することに重きを置いていないということ。なるほどなるほど、だから、泡のように消えた残像にまだ本質をかき消されているような位置関係ですね。それはあるあるである。

 お金で得たモノの価値はさて置き~金を稼ぎモノを手に入れる瞬間に一番アドレナリンが出てるのかもしれないぞ。日本人は単一だからコレクター気質が強いともよく言われているが、そのベクトルが本体ではなく行為に置き換わっているとしたら、本来のニーズが結論であり、モノは目的に対しての媒体になるのか?複雑な仕組みになってしまったものです。お金に余裕のない私にしてみれば、これこそが本末転倒であり、この竜の頭と蛇の尾は決して挿げ変わることなどないのだが。さてさて、こだわりの多様化が幻を追いかける構図になってしまったとしたら、かなり、レッドカードである。