本当の失敗は挑戦しないこと・・・。

 なるほどなるほど、上手いことを言う。ヒルクライムさんが「失敗は怖くない、怖いのは後悔だ。」と作品の中で歌っていたが、まさにである。汗や血を流すことを恐れてその場に立ちすくむことが、現状維持にならず、世の中は常に動いているんだから、停滞は後退を意味すると言いたいのだろう。で、「挑戦」とは何を指しているのか?それも多様であり、個人差があるはずだが、「動くの?」「動かないの?」と選択を迫られた時「動かない」と安易に判断してしまう人にはなりなくない。

 逆に、日本にはまだアメリカの異業種交流やボランティア精神を教科書通りに鵜呑みにして、それを日々の鍛錬や自己の啓発だと誤解している組織が本当に多い。この組織が市や町の単位で氾濫してきたがそれもそろそろ終焉の時だろう。そこに何がある?おそらく何もない。空想や幻想で人生が有意義になる時代の部分は完全に不必要だとクラウドの中から聞こえてくる。時間こそが全ての基軸である。無意味な時間を組織の中のポテンシャルの低い人達で過ごすことに全く意味はない。慣習として郷に入ることは決して挑戦しているとは考えにくと知るべきである。固体としての精神力や行動力こそが基本単位であるならば、枠の中で考えることは明らかに蛇足に他ならない。自己研鑽を大きな組織のポリシーに依存せぬよう、あくまでも、自己の研鑽に時間を活用する人が「動いている人」であると思う。モノゴトを「好きか嫌い」「正しいか正しくない」「有益か無益」でジャッジする前に、自分自身の自己研鑽のモノサシで推量する力がなければ、時間を無駄に過ごすことになり、それは、「後悔」として心に蓄積していることを「リアリティー」と勘違いしている人となる。まさに、ほんとうに、御苦労さまである。私の意義はそこにはありません。つまり、価値観の問題であり、ポテンシャルの問題です。大前提を再確認してくださいって感じ。