「満足」を語るために。

 よくもまぁこんな切り口・アプローチを不特定多数に送れるものだ。どこかで鋼の心でも入手・会得したのだろうか。で、「今の収入に満足していますか?」と来た。これはチープなスパムと処理するのは簡単だが、ちょっと、喰いついてみたい。このメルマガにの冒頭にはこう記載されている。

今の収入に満足していますか?
〓〓「もう少し小遣いがあったらな」って思いませんか?〓〓
〓〓欲しいものが、いつでも買える生活に憧れませんか?〓〓
〓〓安い居酒屋で、安い焼酎を飲む生活が楽しいですか?〓〓
〓〓サービス残業で、せっせと働き、昇給は満足してますか?〓〓
☆☆☆☆☆☆お金稼ぎましょうよ。お金儲けましょうよ。☆☆☆☆☆☆
お金があれば人生は本当に楽しいですよ。
今の収入に満足していない方へのすばらしい情報をお届けします。 とある。

 どこか「満足」の定義がおかしい。ずれて捻じれている。まずもって、「満足」と「情報」との組み合わせが安易過ぎる。たぶん、これを記述したライターの心理は何かのフォーマットを使用しているだろう。よくあるテレフォンセールスやテレフォンサービスのマニュアル的なモノだろう。これをメルマガを定期的に発信するプログラムのテンプレートに書き込んでクローラーで収集したメールアドレスにばらまいている流れだろう。しかし、この文脈のどこかのワンフレーズに共感した人なら、このメールに記述されているURLを叩くだろう。そして、訪問するぐらいなら、大きな問題にもならずリスクは少ないだろうと、道草・寄り道が自分の逃げ道になる。このシンプルなドラマをこの発信者や企画者は確率であとは魚を釣るだけみたいな戦略なのだろう。

 つまり、この場合、言葉や文章にあまり意味はない。ニュアンスの問題である。非言語がどこまで訴求力を高められるかという部分がデザインの仕事の重要なポイントであるから、このチープな文脈の中にでも何かの脈略を得て分解できる視点がないと語彙を先入観で捉えてしまって、語彙のニュアンスの部分を狭い自分の自己解釈で処理しアウトプットしてしまう危険性がるあるからである。これが情報化時代の徳の部分。これらの多様な視点を取り込んでいなければ創るという軸がぶれるのである。