すべてはコンテンツ思考。

 もう、大手が運営するWEBサイトでさえ検索エンジンからの質量のある集客が得られない時代になり、キーワードが以前の単価の価値を完全に失った。もう、有料広告ではアクセスは得られるが数字になるニーズを拾えない時代になっていると言える。10年前、5年前、3年前の状況は一変していると認識した上で次の戦略が必要になっているとどこまでガチで捉えることができるかでWEBサイトはその価値を覚醒もし終息もされてしまう。今更というほど断言は決してできないが、今の段階でSEO対策がどうのこうのと言っている認識ではどうにもならないと知るべきである。もうこの事実というかリアリティーは5年前にあった。しかし、よりどころがないままエンジン対策をひとつの基準として捉え、日々変化するアクセス数に一喜一憂することだけがWEBサイトの戦略とできた時代は終わりつつある。それもそうであり、はなからそこに軸を置くつもりもないことは分かっていたが、まぁ、世の中的にそれもひとつ重要なTIPSと捉えられなくはない風潮もあった。だが、それは必然に短命に終わったというだけであり、終わりかけている。つまり、全ては潮流の一場面だったということ。もう、完全にコンテンツ思考の戦略なくWEBサイトの戦略、引いては自社の販売促進プランは成立しなくなった。そこで全てをリセットして会議をしても戦略を練ったところで本質的な中核的なポテンシャルは獲得できない。錬金術も黄金の方程式も存在しないからである。では、どうする?答はひとつだけ。「動いて、考えて、創る。」しかないようです。それが、自社の販売促進であり、WEBサイトの戦略としてのコンテンツ戦略のスタートラインなのである。

 言わば、テクニック思考・マニュアル思考ではもうのびしろが期待できないということ。競争能力の中核をコンテンツとしてカタチにしなければ、立ち位置が崩れていくという構図なんだろう。この危機感、どこまでリアルとして取り込めるのか?

 戦略なき運用コストはこのあたりだとある方の書籍に列挙されていました。うん、全くその通りである。1.検索エンジン対策のためのコスト 2.クリック課金型広告のコスト 3.ネット広告、リンク広告のコスト 4.WEBサイトを運用するために必要なコスト 5.運用に対するコンサルティング費用 これらが今後の無駄の象徴となる時代なのである。つまり、この仕組みは市場のニーズから逸れていくというお話。では、何が覚醒させる手法であり戦略なのか、贅肉の中に有効な筋肉が見えてきた。

 すでに、環境は凄まじいスピードで浸透・拡大・覚醒している。デバイスもしかり、端末と言われる機器はもう飽和している。そして、それと並行してソフトやアプリやプログラムなどのシステムも倦怠期を迎えている。差別化が厳しいということはつまり、ニーズの上限に到達していることのひとつの証。何を持って公平とするかスタンダードとするかを見極めなければ、今日の公平感は明日の公平感ではなくなるというこ。では、新鮮で斬新で有益なコンテンツはどうすれば創出できるのか?これが、言わば、デザインと深い関係にあるように思えます。つまり、今からが本当のガチの勝負。しかし、この勝負、勝ちとか負けとか白黒はない。ゆえに、会得することも至難。もうどんなテキストも無効であると同時に今までどこまで突っ込んで考えて行動してきたかがストレートに問われるのだろう。恐ろしい話である。そして、その間にこそ本当のニーズがあり価値がある。そして、そこからしかビジネスの仕組みは生まれない・・・みたいなことだろう。

 さて、コンテンツという概念をどう定義・洞察・分析しますか?