アドバイスの在り方その2。

 ソフトウエアは道具である。何をどう解釈しようが道具である。釘を打つためのトンカチであり、木を削るためのノミである。道具には製品の優劣があり、素材や形状や機能がそれぞれの目的別に異なる。新しい古いの違いこそあれそれを使う人間の技術と相まってこそ目的を達成する。このことがデジタルコンテンツを作成する際には忘れがちになるのは何故だろう?そして、プリンターから出てくる紙面や作品を見た時に同じパソコンで同じソフトウエアで違う人が行った作業が同じにならないことに意外と気がつかない。道具だから同レベルの人が例えその道具を使って同じ作業をしてもアナログの世界では全く同じ作業として完結することはまずない。が、デジタルコンテンツは同じだと勘違いする人が意外と多いような、つまり、条件が同じなら同じものが仕上がるという先入観が非常に強く、コピーしていることと創作していることを同じに捉えるだけではなく、まるで、それを創った人と同じプライドを手にする人がいる。それは、ある意味非常に素晴らしいことであるし、私自身もこのテイの勘違いはよくする。実際、仕事でソフトウエアを使う際にこの勘違い抜きにして制作現場は成立しない場合も多いからである。その上、この勘違いは非常に気持ちがいいから癖にもなる場合が多い。

 オリジナルの神様はそんな勘違いをする人にとても厳しい。オリジナルとは古今東西全く新しいどこにもない唯一無二の存在がそれだと神様はひとことも言っていないのに、究極のオリジナルを今までに何度も見てきたかのように「う~ん、オリジナリティーが足りないですねぇ~。」と腕を組む人、一回あなたのオリジナリティーの定義をここに出してくださいみたいなことになる。オリジナルなど幻想である。救われたいなら信じればいいが、それは救われているとは正確には言わないし、信じていると思っていることが、一周回ってきて疑っているとなっていることに早く気がつくべきである。信じるの定義や語感をここで披露しても仕方ないし、定義や語感さえ多様な時代に、何を信じるのかは自分次第。

 道具を使うことで何かを創るのならまず頭で知る段階から手に馴染ませる必要がある。そこからが本来の創るという作業である。これができれば全てはオリジナルなのである。テンション的にはそれはコピーモノかもしれないが、オリジナルとは万象であり唯一無二とは概念の域のお話なのである。

 で、グラフィックデザインのレイアウト感覚を会得したければ、考え創り検証し反省するループの繰り返しで得られる感覚なのである。ソフトウエアを使うとこの「考える」部分が見事に欠落する。だから、ワードで作ったようなチラシが氾濫するのである。しかし、デザインには正解がない。何日も構想して何時間もひねくりまわしたからと言って努力賞は貰えない。しかし、考えがまとまっていてコンセントレーションが適正で感覚的にいい感じの時は簡単に目標地点をクリアする。そこからが至福の時であり、一番いい状態を見極めてプリントアウト!なのである。この感覚をもう一回もう一回とやってこれたからこそ今がある。つまり、何事も「もう一回根性」を失っては前に進まないということ。