SNSはどこへ行く?

 いわゆるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のことですが、今後ののびしろはどこか?すでに、WEBサイトはSEOの呪縛から解放されて新しいステージに到達した。つまりユーザーでありニーズがそこへ押し上げた構図だろう。それに追随するように様々なデバイスが進化をする。が、これもにわとりと卵かもしれない。しかし、間違いなくニーズの多様化はよりベーシックにアナログに回帰しようとしている。つまり、大きなインターネットという波は押し寄せたが引くことも早かったということ。そして、砂浜には従来の恩恵が残っている構図だろう。つまり、海とは同じであり地形が変化するのはある一時のリズムのひとつであり、それに呼応する人の心はいつの時代も飽きやすく常に新しい何かを求めているということ。しかし、創造の神はそうたやすく新しい何かを与えることはない。だから、波のように一定のリズムで押し寄せ引いていくのだろう。船を人のニーズに例えるなら風を受ける帆がどちらを向いているかを知る人と知らぬ人の違いが航海の雌雄をを決する。そして、羅針盤を持っている人が新世界に辿り着くという仕組み。

 えらい抽象的な概念的な表現に逸れたが、SNSは完全に海の上を風や波と一緒に漂っている。さて、船はあるのか?風を受ける帆を持っているのか?羅針盤はあるのか?航海を共に乗り切るための友は傍らにいるのか?と問われてるような。

 もう、SNSの仕組みだけで一定のニーズやプロジェクトを掘り起こすことはできない。できないというよりも、もうこの仕組みに反応する活用する人はしているということ。その味を捉えた人は新しい仕組みにまた別の味覚を求め彷徨うだろうが、SNSだからみんながMIXIのような恩恵を受けるには決してならなないだろう。もう、MIXIのタイミングを適用する術はどこにもないと知るべきである。今、本当にSNSを展開するならば、それは、大海原でイルカの力を借りてクジラの力を借りて、もしくは、プランクトンの力を借りれる優しい温かい気持ちが必要なのだろう。冷たい海の水の元素のピースを何億枚も並べたところで一枚の絵さえ描くことはできないだろう。全てはひとつであることを知れば、今進む航路は見えてくるように思います。羅針盤の指す方向に絶対に目的の地があると信じる力が進むチカラにならなければ、想定以上に海のうねりはキツイはず。嵐の雲を見極めなければ、浅瀬や岸壁や氷山を察知できなければ、簡単に座礁・転覆するのだろう。海は海のまま、人は人らしく・・・なのだろう。