おもしろいフォント。

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 オンラインにはフリー(無料)なコンテンツやアプリがいろいろ存在する。無料なのに~ってぐらい便利で魅力的なモノが多い。仕組み的には有料コンテンツへの導入的な存在なのは仕方ないとしても、無料でここまで開放するのか・・・というほどいいモノが多い。そこで無料の価値と有料の価値の境目はどこだろうと考えてみる。例えば著作権フリーの写真やイラストを提供するサイトがあったとして、ここには、サンプルというカテゴリーが用意されてて、気軽にダウンロードして使える状態になっている。いい絵柄があったとしてもデータのサイズなどの仕様的に不可な場合を回避したいからサンプルが存在するのですが、それでOKなら、もう一歩踏み込んで有料へということなります。では、ソフトウエアなどの場合、あれとこれを自分のプラットフォームで作りたいがソフトウエアが必要。しかし、有名ブランドになり多機能ならばそれ相当の価格帯になる。そこで、使用期間が限定され、仕様も限定されたソフトウエアが無料でダウンロードできて、試しにプラットフォームにインストールしてその機能や使い勝手を確かめることができて、「う~ん、やっぱ、難しそうだなぁ~。」なら買わない。「ああ、この程度でこの機能があるのなら、あのソフトと比較して値打ちだなぁ~。」となれば買う。このジャッジである。

 つまり、無料と有料の価値判断は常に自分のモノサシが最優先していて、この判断は人間の数だけ存在するということ。例えば、部屋に何か飾りたいというニーズとそのニーズにマッチした絵を確認する場合は常に自分のモノサシで、貨幣価値に置き換えると・・・ということになります。時には¥0でもいらんなぁ~というのもありますから、自分の貨幣価値、消費者の貨幣価値というのはしっかりと認識する必要がある。つまり、無料も有料も常にニーズに対してどこまでの価値があるのか、費用対効果がどこまであるのかを自分の中に確立していることで、それを買う場合だけではなく、売る場合もその基準が有効に作用するということ。ニーズが見えていない人はモノゴトノの価値を一方的に主観で見ている人。それで成立することも多いのですが、それだけでは、生産者・開発者・創造者・クリエイターにはなれない。いつまでも一パワーユーザー止まり。でも、それが一般的ですし、踏み込むためにはリスクもあるがのびしろもあるというわけ。すべてはひとつなのである。

 デジタルコンテンツにアナログテイストを連動させる方法は誠に持ってベタではありますが、ガチな部分も大いに・・・というサンプル(一例)でした。