言葉の細胞分裂。

 言葉や文字には多面的な意味がある。言葉や文字は道具である。筆記道具やパソコンのキーボードや声帯からアウトプットされた言葉や文字は意図があり意思が生まれる。本体が担わせた意味や意図とは別の意味や意図に分裂する特性を持っている。初めは一つの意味だったことが何かに転写されたり、声として聴覚が認知した段階で必ずそれは二つ以上の側面を持つ、というよりも、明らかに細胞分裂のように生命を持つ。細胞分裂後その二つ以上の側面はどうなるか、同意であればいいが、生物の進化のようにそれは必ず相反する性質を持つ特性がある。光と影、天と地、プラスとマイナス、作用と反作用である。時にこれを賢者は利用する。つまり、どんな矛にも突き破れない盾とどんな盾も突きぬく矛なのである。で、矛盾となる。

 鋼鉄の溶解炉についてのコメントにも恐らくこの方程式が適用されている。「希望的観測」という言葉や都合がいい。誰ひとりとして1秒先を確認する千里眼は持っていない。誰ひとり1秒先へ転送できるタイムマシンは持っていない。しかし、必ず1秒後はやってくる。これを相対性で理論化してもそれはまったくプロトニウムと無関係である。

 二つに分かれた言葉の細胞が時間の経過とともに4つになり8つになる。時間は止められないし、逆送もできない。映画「スピード」のデニス・ホッパーの声が聞こえる。「So, What do yoy do?(さぁ、どうする?)」。厳しい二者択一。それとも、SAWのジグソーが地球の真理を突き付けて「Let's play game...」とでも言っているのだろうか?生命を欠けた二者択一、ダイスは投げられてスローモーションのように今空中をゆっくりと舞っている。さて、どの目が出るのか・・・?