ラジオのチカラ。

 被災地では電気の供給やライフラインの断裂で孤立する状況がまだ完全に復活していない。被災当初から、携帯は混乱しテレビもパソコンも失った人が唯一情報を得た手段がラジオ。電池があれば情報を入手することができるツール。インターネットも結局、電気と共にあり、結局、電子ブックもiPadも人が本当に情報を欲しい時にあまり機能しなかった。言わば嗜好品なのであるということ。洗練されたフォルムやあまり意味のないアプリやゲームなどで被災地の皆様の心が癒えたのか?表面的なふわふわしたコンテンツで人の心は暖かくなったのか?たぶん、ツールが機能していない以上NOだろうし、例え、手の中にそれがあったとしても、一本の電話の声やメモや手書きの看板が人の心を暖かく包みながら、しかも、情報もしっかり伝えていたような気がします。

 電気が消えた体育館で気持ちが落ち込む時、ラジオからの応援の声や情報の説明は被災された人の心に一番大きな火をともしたとのこと。ラジオ vs iPad の圧倒的な優位性は少しこの大惨事で揺らいだような構図である。私も静岡の地震の時、長浜も震度3程揺れたので、防災グッズや下着類や食料を登山用のバックに満タンに詰め込んだ。で、災害用のラジオに電池を入れて防災情報チャンネルに合わせると、こんな小さいな機器の中から刻々と細かい情報が流れてきた。改めてこのラジオの存在感を再認識してしまった。やるやん!ラジオ君。ラジオのチカラ、うん、なかなかのものです。