大切な相方。

 人間には相方が必要なんだと思う。いつの時代もどのような立場の人にも友人はいる。気楽になんでも話し合える友人。しかし、そんな親しい友人と相方は違う。仕事の現場においても組織なら組織で、個人でも個人で、パートナーが必要である。つまり、お互いにリスペクトし合っていながら、全然タイプの違う相手。時にお互いの痛い部分も苦い部分もズバリズバリと言い合える相方の存在。

 ジブリの歴史みたいなテレビ番組で宮崎さんと高畑さんの関係をそんな相方という表現で紹介し合っていた。つかみ合いの喧嘩もした、お互い酒を飲み泣きあった相方の存在。そんな熱量のバランスがマッチした存在が相方なのだろう。

 お笑いコンビ、漫才コンビも同位。どこかお互いのことをいろいろ言い合いながらも、そのバランスは誰の意見にも影響も受けない確固たる関係を築けているからこそ、テレビの業界で存在価値を示せるのだろう。一人ならただの変人・奇人が相方のお陰でパワーバランスが整いひとつのタレント・漫才師・芸能人としてののびしろに繋がるってことだろう。

 22歳の頃、東京でイラストレーターになりたかった私はその時のデザイン事務所の師匠に言われた言葉が今でも鮮明に残っている。「なかなかイラストレーターで有名になりいい仕事をするのは難しいぞ、ならば、まず、アートデレクター思考に切り替え、仕事を自分で受けられるようになればいい。そして、アートデレクターの自分がイラストレーターの自分を使えば、好きなイラストの仕事ができるんではないか・・・?」と。この言葉は人生観を覚醒していただけた。つまり、その時代、有名なイラストレーターには影に実力のあるアートデレクターの存在があったということ。彼らに採用され、彼らに信頼されるスタイルをもち熱意と技術があるから、最前線のいい仕事(イラストレーション)が世の中に出るという仕組み。そんなことは全然知らなかった若造にそこまで言っていただけたことがジワリジワリ、逆ボディーブローのように効いてくるわけである。しかし、そんなアートデレクターとイラストレーターの関係も、主観はひとつ。なかなか、仕事のいろいろな場面で迷うことが多い。そんな時、相方の存在がとても気なる。そんな人生の相方など探して見つかるわけでもなく、自分の中の「相方感」について考えたがなかなか、出会えることはなかった。その孤独感が時には有効に機能するが、基本はひとつの主観で苦悩していたような。覚醒はしたが、その先にあるパワーバランスは安定しなかった。

 しかし、30代の後半、それが見えた。その存在に気がついた。これは私からの一方的な渇望であり、相手はポカンだったことだろうし、今でもその意識はないのかもしれない。しかし、私は彼以外に相方はいないと確信できた。他のどんな固定観念や先入観よりも自分自身が確信を持てるということが一番意義があると思っているので、私は彼を相方だと勝手に認定している。彼の言葉は広く深い。こんなに素直に心に訴えられる言葉は時にナイフのように時にダイヤモンドのように光を放つ。

 大切な相方は今東京に住んでいる。一にも早く、離れてほしい。私は28歳で東京に飽きた。自分のチカラを試したくて東京を離れた。そして、巡り巡って今は琵琶湖の湖畔で仕事をさせて頂けている。結果、関西大震災も東北地震と津波からも放射能の関東からも幸運にも回避させていただけている。これは、たまたまなのか本能が大地の臭いを嗅ぎ分けたのか???その答はまだ分からないが、とにかく、相方には関東地方を離脱して欲しいと願う。