LAB的なことかなと・・・。

 この2~3年、う~ん、もしくはこの仕事を始めてからかもしれないが、サラリーマン・クリエイターの頃からかもしれないが、仕事があれば会社にいた。まだ仕事を始めた頃や20代の頃はバブルだったこともあり相当忙しい状態だった。だから、給料をより多く欲しかったからからもしれないが、仕事があれば休みなしで仕事場にいた。その頃は若造だから早く一人前になるためにただただ一生懸命にというニュアンスで休みを返上して仕事をしていた。それが自分なりの「頑張っている」ということで「勤勉な日本人気質だから仕事大好きでいいじゃん!ええやん!」と納得してた。が、遊ぶ時は徹夜明けでもゴルフや釣りに行っていた。が、30歳・40歳ともなると、ゴルフや釣りなどもそこそこでいいかなぁ~と思える部分と自分にとって「楽しいこと=モノを創ること・考えること」になっていることに気がついた。

 遅いか早いか、敏感か鈍感かはさて置き、ゴルフ場にいても仕事のことが頭から離れない。ルアーを投げていても仕事のことばかり。これは楽しくないぞ・・・となり、ゴルフや釣りのテンションも平均値に落ち着いてる。だから、ゴルフをやっているとはいえ、練習場には年に数回、ゴルフ場には年1~2回。これで趣味としてゴルフをやっているとはかなり遠いようにも感じているし、バス釣りは好きだが、仲間で楽しく魚を釣りましょう!では全く楽しくなく、トーナメント形式で時間を制限して釣果を競うテイでしかテンションが上がらなくなった。が、そのトーナメントも終わり、ここ数年ロッドは握っていない。

 それと並行して「富士山に登ろう!」と決めてから基礎体力づくりが趣味のひとつになった。その流れで壁や鉄棒や健康器にぶら下がっていたら、山登りの向こうに「ボルダリング」という競技が見えてきた。結果、ほぼ10ヶ月(昨年の6月頃から)の自分なりのトレーニングを経て、来週4月24日、福井市のボルダリングジムに講習を受けに行く(ボルダリングジム・デビューである。)。ここに通うことは距離的に難しいので行けて月一レベルだろう。トレーニングは自宅でやらなければいけない。これが、一番今テンションの上がる趣味。と、これが日々のルーティーンになっていると、まぁ、趣味という括りで出かけない。決してインターネットやパソコンやソフトウエアが大好きです!という人間ではないが、結果、休日も一年中ほぼ365日基本的に仕事場か本屋さんにいるか何らかの書籍を読むか原稿を書いている。

 で、これは本当に「仕事」なのか?とふと・・・。大学の教授さん達の仕事は「研究」である。お休みもとっておられるだろうが、基本的に教授の皆様の頭の中は自分の研究のことだけ。別に私のデザインやアートに対する取り組みが大学の教授さんレベルだと言っているわけではないが、逆に、天職であるということでその取り組みの度合いというかディプスを捉えると、決して、大学の教授さんレベルに劣らない突っ込み方をしているとも思える。つまり、「好きなこと=仕事=研究?」というタッチが見えてくるようなことを最近、富に考えるようになった。お客様から与えられた案件を右から左に流すことが仕事ではないので、一旦、飲み込み・消化してアウトプットすることがデザイン・クリエティブの仕事の軸であり核なので、いつしか、仕事場にいることが、「仕事をしていますモード」からデザインやアートやマルチメディアの「自己研究をしていますモード」になっているように感じた。さて、リアルはどうかは分からないが、仕事で休みが潰れるのは嫌だが、研究なら仕方なし!という人間構造になっているように感じます。

 で、「仕事=研究=楽しい」となり、1年中、仕事場でいろいろテンションがキープできるということなのです。つまり、デザインもアートもクリエイティブも問題はいろいろあるが正解のない世界。よりよき答を導くために自分自身の引き出し(方程式や公式やルール)は多い方がいい。が、昔の方程式が現代では未来では通用しないこともしばしば、だから、研究過程でこれらをブラッシュアップしなければいけないし、それに必要な機材(パソコンやソフトウエアやアナログツールなど)は可能な限り新しい環境にしておく必要があるということ。つまり、これは仕事でもあり、研究でもあるのかなと・・・。

comments

こんな僕でも最近は仕事優先の自分がいることに気付きます。
年齢なのか、責任なのか、趣味に飽きたからなのかは分かりませんが、釣りをしていても生産計画や納期の事が気になりだすとそのことの思考が止まらなくなりテンションが下がります。
しがない課長レベルでもそうなのだから、自営の兄ちゃんのそれは、僕の想像以上のものでしょう。
僕は仕事じたいはそんなに好きではありませんが、イヤでもないです、大変な事柄が年を追うごとに増えますが自分のポテンシャルがどのくらいなのかの挑戦だと思ってます。 今現在の部下には恵まれていますので、彼らと仕事をしていると楽しい感覚もありますね。
趣味との付き合いですが、人は案外飽きるのが早い生き物だと思います。
飽きるという感覚は人間だけのものでしょうが、BTOを6年運営してそう思いました。
兄ちゃんがBTOを心から楽しんでいて、強く継続を願っていたことは理解してましたが、自分も含めてまわりの人間が急速に冷めていくのに気付いてました。
人それぞれテンションの上がり下がりはあるし、飽きるスピードもしかり、人と比べて自分はしつこい方だと思います、我慢強いのかも分かりません、その物事の真理を追い求める気持ちが人より強いのかな?っと。
兄ちゃんのいう研究ほど大きいことではありませんが。
かといって、刺激を求めて次々に色々なことを始めても自分のレベルでそれを探求してかないと面白みも無いですしね。
積み上げる楽しみもありますが、リセットしてもう一度違う角度からやり始めるのもありかなと思います。
かのマイケルジョーダンですら、82試合のレギュラーシーズンに飽きて野球に転向し、カムバックし3連覇を実現させたのですから。

  • kuni
  • 2011年04月13日 16:06

やり直す根性が必要ですよね。
簡単にリセットというが、昔は、それがとても難しい感じでした。
例えば、絵を描いていて、その途中で、
あれれ?これはちょっとダメかな・・・?と思いつつ、
時間に追われているとやり直しができないと
思いこんで、明らかにNGな絵なのに、
「自分は一生懸命やりました!」という言い訳を用意しながら、
グズグズのボロボロで完成させ、
頭を納得させていいわけ作品の完成。
でも、心は悲しい・・・みたいなことばかりでした。

結局これは判断力も技術力も足りないのですが、
それさえも言い訳にして無理苦理に仕事にしている感じ。
ボツを食らうと、ここまで一生懸命頑張ったのに
この努力を認めてもらえなかったと愚痴る。
で、モチベーション下げ下げの文句たらたらで
2枚目に着手。しかし、こんなテンションでいい作品が
描けることはなく、泥沼に沈んでいく・・・みたいな。

結局、リサーチ段階で間違って、スタート地点を間違って、
描画するプロセスを間違って、当然、ゴールも間違える仕組み。
未熟だったと言えばそれまでですが、それでも、
気持ちが切り替わらずリセットができない青さ。

それが、例え、一生懸命10時間集中して描いた絵でも、
「あれ、これダメだなぁ~」と瞬時に判断して、
また、すぐ次の白い紙に向かえるようになった頃から、
自分自身、とても強くなった気がしました。

たぶん、これはどの仕事でも同じでしょう。
上司やトップに怒られることはすでに感じているのに
取り繕うこと。それをするぐらいなら気持ちを切り替えて、
リセットすればいいだけなのに・・・。
時間がないという理由は想定が未熟なんだし、
完成度が上がらないのは一生懸命と関係がない。
それがプロでしょう・・・?みたいな。

確かに私自身はとても飽きやすい人間なので、
それを自分が一番よく理解しているから、
そうならないトラップを自分で前もって仕掛けるように
しています。これが、また、楽しかったり・・・。

これって自分自身を研究していることになりますよね?

  • khuz
  • 2011年04月13日 18:47

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