確かにそうなんだけど・・・。

 海外のお話。ある4歳の娘の左手の成長が遅いことが気になった両親が精密検査をしたところ脳に大きな腫瘍が発見される。最初は手術を試みるがその腫瘍は脳細胞に絡みついていて手術では摘出できない。やむなく医師団は放射線治療に切り替える。しかし、腫瘍は小さくならない。両親は娘のことを考えて治療方法を懸命に探すが適正な情報は得られない。ある時、直接放射線をレーザー照射で腫瘍に直接あてて腫瘍を小さくし治療する機器と治療方法を知る。しかし、その治療費用は莫大であり、とても、そのような費用は捻出できない。そこで両親はWEBサイトを立ち上げ治療費を募る。ご近所やそのことをWEBで知った人から募金が集まり治療費用が用意できる。しかし、レーザー治療をする医師団からは、治療する場所が頭部だけに、レーザーによる脳の腫瘍の治療はできない。リスクが大きく、例え腫瘍が小さくなったとしても他の部位にレーザーがあたり脳細胞を破壊して生命が危ないと判断される。この治療をしなくとももう余命は1年。苦しむ両親。娘は最後まで両親に気丈なところを見せて5歳で短い人生を終える。う~ん、テレビの番組枠を使ってこの記事を30~40分近く観た。子を持つ親として人間として生命の大切さ、治療費を提供する暖かい人達、小さな命を救うために翻弄する医師の存在。確かに、この映像のこのシナリオの中にツッコむ余地はなさそうに思えるが、でも、この30~40分の映像と実際の娘さんの映像を見せていただき、人命の尊さを感じることについてどのように捉えればいいのかがまったくのお任せであることがとても気になった。5歳の小さいな女の子が脳の腫瘍でその命を終えるということは、間違いなく悲劇であるし、人命の尊さというモノサシで捉えるなら、こうして震災だの放射線だの経済不振だの世界情勢からの孤立だのと言われながらも、まぁ、命があり生活しているだけで「幸福」だと考えてしまう。基準がそこにあるから、相当の状況も「普通」だと捉えられてしまう。そのような気がしたのです。言わば、政府からのコメントや映像から流れる情報のディテールがどこ基準かということ。

 そう簡単に治療費数百万円が集まるのか?命と引き換えにでもレーザー治療するという選択肢は本当に無かったのか?美談が美談を生んでいるが、そんな展開にならず、ただ、腫瘍に病み生命を失った人も多いだろうし・・・などと、側面を見てしまう。命が終わることについて、あまりにも美しい物語、あまりにも暖かいシナリオ。テレビでそれを流すことに対する責任というか、その側面に光を当てて企画編集を進めるという視点が、言わば、今の情勢だからか美し過ぎて鼻についてしまった。もっと、現実は、ガチでリアルでディープなんじゃないだろうか?もっと、フクシマの最前線で被爆覚悟で復旧に取り組んでいる人達の有志やその家族をリアルに見せて欲しいと願う。情報がどこかで屈折して今日本でとてつもない歴史的な大惨事が起こり、とてもつもない場面に対峙している人達が今現在もいるわけで、海外の美談に心を震わせている場合ではないはず。

 テレビの人達へ、適当なとは言いませんが、もっと、リアルを見せてください。もっと、本物を見せてください。1年後、3年後の、創り込んだ記録映像など要りません。フクシマの今を見せて欲しいです。