クライミングの動きの基本。

 目に見える部分で壁を登る、岩を登るというアクションはどうしても手で身体を引き上げてガシガシ登るイメージが強い。私自身、いろいろなクライミングの映像や専門書を見ていると、力強い腕力と握力を持ってグイグイ身体を上に運ぶイメージがあった。そして、その印象がどうにもこうにもカッコイイと感じて、クライミングに興味を持った。しかし、書籍やWEBサイトでその道のエキパの方のコメントを読むと、必ず一様に「腕で登るのではない、足とリズムで登るのである。」と書かれている。今年の初めに滋賀県内のボルダリングジム(草津)に伺ってそのオーナーさんにお話を聞いた際も同様。「腕力はあったほうがいいが、ボルダリングやクライミングは足の運びとバランス感覚と身体のひねり(ムーブ)が重要。」とのことだった。それでも、まだ、自分自身なんのことだかピンとこないまま、相変わらず懸垂や握力のトレーニングを続けていた。

 しかし、福井県立クライミングセンターでインストラクターの方からロープクライミングの基礎からボルダリングの初級編の講習を受けて、実際もう壁に登れないぐらいの握力になるまでアタックして初めて「ああ、これが足で登るということなのか、手はバランスを支えるだけ、主体は足の運びとムーブと呼ばれるリズミカルな身体の動きなのか・・・」と120%理解できた感覚が今ある。それはそのはず、その講習中に拝めた中学生の彼(クライミングの師匠)は腕の太さや筋力など極々普通に見えた。ああ見えて、握力は凄まじいだろうが、いわゆるムキムキタイプではない。筋肉マッチョなタイプというよりもどちからと言えばスリムで無駄な筋肉が一切付いていないイメージ。なのに、あれれれという感じで壁を簡単に登頂してしまう。そして、ありえないような角度の壁にひっつき、次から次へとポイントをクリアしていく。そして、何よりも、いつまでたっても壁から降りてこない。どんな握力と体力なんだろう?と思えるぐらいの筋肉の持久力である。でも、それも、実は全く無駄な力が必要のない美しいフォームとリズムとバランスでポイントをクリアしているからこそ、そのクライミングスタイルが成立するのだとやっと気がついた。

 で、今、古武術や剣術の達人の書籍を好奇心で読んでいる。別にクライミングとは関係ない好奇心で買った書籍なのですが、これがビックリ、上記のクライミングのムービングやバランス感覚と古武術の身体の使い方や筋肉の動きが完全にシンクロしているのです。一方、壁のポイントを両手両足で登るという身体の動きであり、一方は剣術や古武術や合気道の世界の攻撃や防御のお話ではあるのですが、すべてにおける基本の身体の使い方が同じなのである。双方も大切なのは「重心」「リズム」「脱力」「効果的な筋肉の瞬発力」なのである。そうかそうかと少し、開眼というところまでは到底到達していないが、モノゴトのポイントが少し見えた感覚である。

 また、別のベクトルですが、バス・フィッシングもそう言えばという心当たりがある。こちらは、ロッドでルアーをポイントに運び、バスを釣り上げるまでのゲームフィッシングのテイですが、ビギナーの人とエキスパートの人の違いは、この「リズム」なのである。イメージでバス・フィッシングを捉えている人は、ルアーを水中にキャストしてバスの口を使わせるために、いろいろな小手先の動きをさせて誘うが、これでは絶対にバスは反応しない。バス・フィッシングの雑誌などに、例えばクランクベイトやバイブレーションを投げて、ストラクチャーにわざとひっかけて、それをフックアウトする瞬間にバスが口を使う・・・などと書いてあるが、たぶん、ビギナーはこのことを理解できない。ルアーが設計上、ラインで引かれる際の動きは「設計上の自然」な動きであり、自然の中では不自然なのである。しかし、ストラクチャーに浅くひっかけ、それをロッドワークで外した瞬間、ルアーは水中で不自然な動きをする。これが、バスにとって興味のあるアクションになるという仕組み。そもそもバスが口を使う理由は、「食性」と「攻撃性」と「反射」の3パターンあるが、いずれにしても、口を使わせるためには、人間の考える自然ではなく、不自然を演出する技術やコツがバスにとっての自然なターゲットになるのだろう。

 ひさびさに封印していたバス・フィッシングのことを書いたので、テンションが上がってしまったが、いわゆる、頭で考えた「こうであるべき」が自然の中では、「ぎこちなさ」になり、生物を反応させるためのアクションから遠くなるということ。つまり、クライミングも古武術もバス・フィッシングも同じで、理解することよりも身体で感じろ!ってことなのである。もうひとつ、「絵画」も同じだろうし、「デジタルツール」も多分、同じことが言えるだろう。

 しかし、そう考えると、世の中には知識と蘊蓄だけを溜めこんで感覚的なセンスの悪い人が多いと思う。私など言わば知識も蘊蓄も地位も名声も認定も資本もないが、好奇心だけは自負がある。闇雲に進んで来たから失敗も傷もケガも多いが、それらを必ず再生させ、翼や爪や血や肉にしている感覚がある。これが上達という仕組みだろう。

 たかがクライミング、されどクライミングなのである。