想い出のゲタ、伝説のゲタ。

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 まだ、このゲタのことについてこのブログで回帰するのは早いと思っています。それほどこのゲタは私の想い出の記憶の中で大きな意味がある。昨晩、これに足を通して外へ出てみた。その感触が脳を心を刺激した。自分自身にとって深い意味のある品物を身につけると身体は正直に反応する感覚。これが人間の人間たる一番の本丸なのだと思う。価値が氾濫し情報が氾濫し慣習が変化する世界で唯一普遍の物体の価値。その究極がこの大地であり地球ならばその欠片である石に心を奪われるのは人間の摂理だろう。大地から生まれた木や植物や生物が紡いだ元素で構成・構築された人間の創造物ひとつひとつに実は地球の意思があるはず。そして、それをカタチにした人の気持ちやそれを愛用した人の気持ちを吸収してモノは意味や価値の質量を増していく。しかし、いつかはそれらは炭素に変える、元素に変えるのだ。その過程で人間が生命の意味を追求して死の前にある生を謳歌しているからこそそれらが輝くのである。そんなたった一つの生、一生を一分一秒も無駄にしたくないと考えない人間に生の価値は認識できないだろう。しかし、認識すればするほどそれは重く心や魂に負荷を懸けてくる。それでもその負荷を受け入れる器としての心が在るのか無いのか。想い出は潮流のように上流から下流へ流れる。生をこの世に受けてその最後のシーンまで。

 人間が炭素に還っても物質は残る・・・みたいな。